ABABA’s ノート

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大沢在昌『新宿鮫Ⅺ 暗約領域』

 

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8年ぶりの新宿鮫

 新宿鮫とは、警視庁新宿警察署生活安全課刑事鮫島警部の異名。本来キャリア組だったのだが、警察内部の抗争により所轄に飛ばされてきてそのまま塩漬けにされている。何事にも妥協せず暴力団とも渡り合い、一度食らいついたらはなさいところから〝新宿鮫〟と呼ばれ恐れられている。警察トップをも震撼させるある爆弾を持っているところから首を切られることもない代わり出世することもなく、身分は任官したときの警部のまま据え置かれている。
 この主人公の強烈なキャラクターでシリーズは絶大な人気を得てきた。新宿鮫が初めて登場したのが1990年9月25日光文社カッパノベルスだった。以来30年になるが、この間、10巻刊行され、前作からは8年ぶりの新作で、新宿鮫が帰ってきたという様子。
 覚醒剤の売買が行われているとの密告があって鮫島は北新宿四丁目のマンションを見張っていたところ、マンションの一室で発生した殺人事件を目撃した。
 マンションはヤミ民泊として使われていたようで、被害者は玄関先に倒れていて、身元がわかるようなものは何一つ身につけてはおらず、拳銃1発で殺されていた。拳銃は減音装置付きで、手口などから見てプロの仕業と思われた。
 動き出した事件。物語の構造は相当に複雑だ。公安と刑事、警察内部二つの確執、暴力団の興亡、北朝鮮、中国が絡む背景、内調(内閣情報調査室)も動き、工作員が暗躍してスパイもどきの様相。
 マンションで殺された被害者の身元が相変わらずわからず、犯行の動機も不明だ。広域暴力団も動き出して、それぞれに何を探しているのか。
 新宿鮫シリーズの魅力は二つ。一つは新宿という舞台。日本最大の繁華街であり、闇社会でもある。この30年間書き綴られてきた新宿の情景が素晴らしい。われわれは新宿鮫を通して社会の変化を知るところとなった。
 このあたりは、10年かけてスウェーデン社会をあぶり出してきたマイシューヴァル/ペールヴァールーのマルティンベックシリーズと相通ずるところがある。
 そして二つには登場する人物造形の確かさ。第1作から前作まで鮫島を支えてきた新宿署生活安全課長の桃井を失い、ミュージシャンの晶と別れた。ただ、数少ない理解者であり支援を欠かさない鑑識課に藪は健在だし、キャリア同期ながら確執の続く公安の香田は、本庁から離れて内調の下部機関で怪しげな動きを見せている。
 新たに登場したのは、桃井の後任として鮫島の上司となった阿坂警視50歳。女性ノンキャリアの星と呼ばれ、基本を守る、ルールを決して曲げないを心情としている。そして、機動隊から新宿署に配属されてきた矢島巡査部長が鮫島と組むことに。単独捜査活動を黙認されてきた鮫島が初めて部下を持つことになった。
 徹底したやくざ嫌いの鮫島が情報交換する相手として顔を合わせているのが指定広域暴力団田島組の幹部浜川。
 実に魅力ある面々で、舞台と役者がそろったという感じ。単行本700ページの長編が一気読みできる。
 ところで、本作を読み終わって30年前刊行の第1作を書棚の奥から引っ張り出してみた。そう言えば、この当時はノベルス全盛だったのだ。鮫島は36歳となっており、10歳は若く見えると紹介されている。当時は、所属は防犯課といっていたようだ。「歌舞伎町はあいかわらずの人間量だ」と殷賑ぶりが書かれている。
(光文社刊)

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(参考=1990年9月25日刊行の『新宿鮫』第1作)