ABABA’s ノート

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ピエール・ルメートル『わが母なるロージー』

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カミーユ警部再び

 『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』『傷だらけのカミーユ』と続いたフランスのミステリ作家ピエール・ルメートルのカミーユ警部三部作。日本では三部作いずれも年間ミステリー投票の上位に入る人気シリーズだった。シリーズは2016年刊行の『傷だらけの……』で終わったかと思われていたが、このたび新作が一冊挟まれた。もっとも、原作の刊行順序としては本作は『その女……』の次ぎに来るらしい。シリーズは三冊ともに長編ばかりだったが、このたび刊行の新作は中編。著者自身序文で贈り物と言い、シリーズは三冊半と位置づけている。
 主人公のカミーユ・ヴェルーヴェンは、パリ警視庁犯罪捜査部の警部。身長わずかに145センチ。禿げ頭。椅子に座っても足が床に届かない。刃のような鋭い視線で、怒りの塊のような男だが、きちんと自制している。
 まるで文庫の解説みたいな書き方になってしまったが、さて、物語は、パリの繁華街ジョゼフ=メルラン通りで5月20日17時爆発事件が発生した。「強烈な爆発で界隈全体が振動した。地震のような揺れと同時に、100メートル離れたところまで爆風が届く」ような爆発だった。
 しかし、人的被害の状況は奇跡に近く、負傷者が28人だが、死者はいないし、重体に陥っている患者はひとりもいなかった。
 内務省はイスラム過激派の犯行ではないという見方で、今回の爆破事件は彼らのやり口ではなかったし、情報機関は兆候を察知していなかった。
  パリ警視庁中央研究所の爆発物のプロであるバザンの調査で、爆発したのは第一次世界大戦時の140ミリ砲弾と判明した。瓦礫の下に直径3メートル、深さ1メートルの大きな穴が空いていたのだ。
 休暇中のカミーユ警部に呼び出しがかかる。爆発事件の犯人が自ら出頭し、面談はカミーユ警部に限ると指名してきたのだ。名前はジャン・ガルニエ。工事中の現場で埋め戻される前に爆弾を置いたと言い、夜間、溝に下りて砲弾を置き、起爆装置を取りつけ、時間を設定して穴をふさいだと説明した。ジャンは28歳のがっしりした体格の男。
 しかも、驚くべきことをジャンは自供した。爆弾は全部で七つ仕掛け、まだ六つあり、毎日一つずつ爆発するようにセットしてあるというのだ。仕掛けたのは砲弾だとも。
 目的は何かという問いかけに、ジャンは刑務所に収監されている母親の釈放と自分の国外脱出を要求した。しかも、新しいIDを用意し、オーストラリアで暮らせるよう500万ユーロを用意しろと付け加えた。
 カミーユは初め一笑に付そうとしたが、ジャンの話は信憑性の高いことが裏付けでわかってきたし、もし、一つでも爆発した場合のことを考えると笑い話で済まなくなってしまう。
 第一次大戦で発射された大きな砲弾は優に10億発。その4発に1発が不発弾となって地中にはまり込んだ。これまでに回収されたのはわずかに2500万発。大半はまともに機能しないが、中には状態のいいものもある。
 捜査を進めるうちに、カミーユは〝自称犯人〟のジャンの主張が一段と信憑性を帯びてきたことを自覚した。つまり、2発目は24時間以内に爆発するということ、この脅かしを軽んじることはできないということだった。
 しかし、カミーユは一方で、「それに、綿密な計画を練ってきたにしては、ジャン・ガルニエは驚くほど不機嫌で、浮かない顔をしている。なにかがおかしくないだろうか?」と。
 スリリング。実にスリリング。事件は静謐とさえいえるほどにひたひたと進む。しかし、動機は不明だ。結末であっと驚かされる。ミステリの醍醐味が全部詰まっている。
(文春文庫)