ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

ああ鶴見線!

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私の好きな鉄道車窓風景10選

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(写真1 工場地帯の“秘境駅”大川駅)

首都圏の秘境駅

 鶴見線が好きだなどというと鉄道ファンならいざ知らず、一般の人には訝しげに思われるかしれない。鶴見線を知っている人ならなおさらあの工場地帯を走る列車のどこがいいのよと言うに違いない。そもそも鶴見線とはどこなのか。
 鶴見線とは、京浜東北線の鶴見駅から横浜市と川崎市にまたがって伸びる路線。京浜工業地帯の海岸沿いに工場群を縫うように走っている。住宅はほとんどなく、乗客は工場に通う従業員が大半。
 車窓に絶景があるわけでもなく、沿線に珍しいものがあるわけでもなく、ダイヤも通勤する乗客相手に組まれて土休日など極端に不便になる、そのような路線にどのような魅力があるのか。その魅力とはどのようなものか、探りに鶴見線に乗りに出かけてみた。
 乗ったのは12月27日金曜日、この年の仕事納めの日。
 鶴見線は、鶴見駅から扇町駅を結ぶ本線(7.0キロ)のほか、本線上の浅野駅から分岐して海芝浦駅に至る海芝浦支線(1.7キロ)、同じく本線上の武蔵白石駅から大川駅に至る大川支線(1.0キロ)があり、全線9.7キロの誠に小さな路線。

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(写真2 鶴見駅の鶴見線との中間改札口)

 まず、鶴見駅。地表を走る京浜東北線とは別に高架上にホームがあり中間改札口があった。この必要性は乗ってみてわかった。それはともかく、相対する2面2線のホーム。しかし、通常は改札側に近い3番線が発着ホームのようだ。
 11時20分発浜川崎行き。4両。日中だし乗客は少ない。しかし、平日朝の通勤時間帯に乗るとこの路線の特徴がよくわかる。かつて乗ったことがあるのだが、通勤のサラリーマンで満員の乗客は黙々と乗っていた。このあたりは神戸の和田岬線に似ている。
 発車すると、右に曹洞宗大本山総持寺が見え、やがて左にカーブしながら京浜東北線や東海道線の線路をまたいでいく。

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(写真3 国道は高架下にある独特の風情の駅。構内にはその名も国道下という居酒屋があった

  国道(こくどう)というちょっと変わった名前の駅を過ぎると鶴見川を渡った。鶴見小野を過ぎて弁天橋が近づいて工場地帯に入った。弁天橋では左右にJFEの工場が見えた。右奥はかつては造船所だったが今はどうなっているか。

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(写真4 浜川崎駅。道を挟んで左が鶴見線ホームで、右が南武線改札口)

 浅野、安善、武蔵白石と続くがまずはそのまま進み浜川崎。11時32分着。この電車はここ止まり。この駅はちょっと変わっていて、鶴見線として1面2線のホームがあり、右にカーブして扇町へと向かうのだが、改札を左に出ると、道路を挟んで南武線の駅がある。離れているし路線も違うのだが、同じ浜川崎駅となっている。線路は鶴見線と南武線とは直角の位置関係にある。浜川崎駅は鶴見線、南武線ともに無人駅なのだが、鶴見線の簡易Suica改札機には、南武線に乗り継ぐ乗客は、Suicaをタッチするなと注意書きがある。一方、改札を右に出ると、JFEの敷地になっており、許可なく立ち入ることはできないと警告してある。
 ところで、次の扇町行きには40分ほど間があり、ここで昼食にしようとしたが、駅周辺は工場ばかりで食堂や商店が見当たらない。しばらく歩いて駐車場の係員に尋ねたところ、もっと先にコンビニがあるとのこと。ここで腹の足しになるものを確保した。

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(写真5 本線終点の扇町駅ホーム)

 さて、鶴見から来た扇町行きに乗車。12時13分発。浜川崎を出ると右に大きくカーブしながら昭和を経てすぐに扇町12時17分到着。行き止まりの終着駅である。なお、鶴見から直接乗ってきても所要時間はわずかに17分である。降り立ったのは5人だけだった。片側1線のホームがあるだけの粗末な駅だが、周辺は大企業の大工場がびっしり並んでいる。
 ところで鶴見線の駅名のこと。鶴見線の開業は1926年(大正15年)。元々が埋め立て地であり土地に格別の由来もないわけで、それで、開発者の名前などから引用した。浅野は、浅野財閥社長の浅野総一郎であり、安善は安田財閥創業者安田善次郎に因んで付けられたといった具合である。

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(写真6 浅野駅ホーム。右奥が本線で、手前左が海芝浦支線)

 扇町からは折り返し電車で浅野に戻り、海芝浦支線に乗った。浅野は、本線と支線がY字形のホームになっており、海芝浦支線は浅野を出ると右に急カーブを切り、左に運河と並行しながら一直線に進む。右は終始東芝の工場である。新芝浦を経てわずか4分で東芝の工場に突っ込むようにして終点海芝浦到着。

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(写真7 東芝に直結した海芝浦駅改札口)

 ある意味鶴見線を象徴するような駅である。改札口は東芝の工場に直結しており、東芝の職員が詰めていて来客をチェックしている。もちろん、不用のものは入場できない。
 関係者以外下車できないということになるが、幸い、東芝口の脇に小さな公園があってそこは自由に休憩できるようになっている。小さなスペースだが、東芝のはからいで設けられたもので、その名も海芝公園と名付けられている。

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(写真8 海芝公園からの眺望。対岸は右から鶴見つばさ橋、東京ガス扇島工場、JFEスチール東日本製鉄所)

 この公園からの眺めが秀逸である。運河に面していて、対岸には右から順に鶴見つばさ橋、東京ガス扇島工場、JFEスチール東日本製鉄所が間近に見えるし、横浜ベイブリッジも遠望できる。夕日もいいだろうし、夜間なら工場の夜景も美しいのではないか。

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(写真9 海に張り出した海芝浦駅ホーム。右奥がJFEの製鉄所)

 片側1線のホームが海に張り出すようにして設けられている。海に近い駅というのは全国各地にあるが、海の上のホームというのはここだけであろう。
 来るときの乗客はわずか数人だけだったが、帰りの電車は、仕事納めの日の午後とあって満員の乗客だった、二人連れの中年の女性が「1年のうちで今日のこの時間が一番好きだわ。ほっとする」と話していた。
 次は大川支線。この線区もちょっと説明が必要で、線区上は武蔵白石から分岐するように書かれているのだが、実際には電車は一つ手前の安善から分かれていく。
 それで、浅野からいったん安善まで戻り大川行きの電車を待つことにしたところ、大川行きはなんと8時台の次は17時台までないではないか。ここで5時間も待っているわけにもいかず、この日はここで諦めることにした。
 武蔵白石-大川はわずかに1.0キロの区間。歩いても15分とかからない距離。通勤者には歩いている人たちも少なくないに違いない。しかし、私は電車に乗りに来たのであってそうもいかない。テレビ番組の路線バスの旅ならバスがないところは歩いているようだが、線路はあるのだからそうもいかない。
 鶴見線に全線に渡って乗るのは初めてではなし、それも4度目なのだがうっかりして鶴見線の難しさを忘れていた。ふらりと行き当たりばったりの乗り方が間違いだった。
 しかし、首都圏にあってこのローカル性が鶴見線の魅力の一つでもある。思いつきだけでは簡単には来られないぞというのがいい。あるいは、安善の駅で呆然と5時間も待っていた方がよかったのかもしれない。それなら鶴見線の魅力をより痛感できたのかもしれない。ただ、そうなると寒さも増すし、午後5時を過ぎると暗くなって車窓が面白くないので諦めた。

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(写真10 安善駅に接する貨物線)

 しかし、この鶴見線は、貨物列車が元気だ。鶴見線に限らず周辺も含めて貨物線が発達しているし、旅客輸送を上回るのではないか。浜川崎-扇町間など複線のようにみていると、この区間は電車線と貨物線が並行しているのだった。こういうのを双単線(単線並列)と呼ぶらしい。
 この日も、安善駅で様子を見ていると、10数本もの入れ替え線があって、日本石油輸送のタンク車がしきりに構内を移動していた。また、構内を横切る踏切では、鉄道ファンが望遠レンズを構えて撮影していた。10人近くも陣取っていたが、貨物鉄道ファンなのであろう。
 さて、乗り損ねた大川支線には、年をまたいで1月3日に再挑戦に訪れた。まだ松の内なのに家族も放り出して鶴見線に乗りに行くと言ったら家内は唖然としていた。
 早朝家を出て鶴見7時55分発大川行き。この日は休日だから、大川支線の列車は7時台に2本、夕方17時台に1本の合計3本しかない。朝夕に10時間も間がある。まるで秘境線である。3両編成だが、さすがに乗客はまばらである。

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(写真11 武蔵白石駅のホーム=手前左=をかすめるように右に急カーブしていく大川支線)

 電車は安善を出て武蔵白石の直前で武蔵白石のホームの端をかすめるように右に大きくカーブした。昔は武蔵白石から出ていたらしいが、車両が大きくなって武蔵白石に入っていたのではカーブしきれなくなったらしい。ただ、大川支線の起点の扱いだけは武蔵白石駅に残ったもののようだ。

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(写真12 大川駅。昔で言う国電区間にある秘境駅)

 武蔵白石をかすめて右に大きくカーブすると単線になりそのまま直進してほどなく大川。駅前は三菱化工機の工場。この日は休日で工場は休みのはずだが、何用あってか下車する人はいる。私は乗ってきた電車ですぐに折り返した。ここでまごまごしていると次の電車まで10時間も間が空く。
 鶴見線は、全線わずか9.7キロの路線だが、二つの支線があって行き止まりの終着駅も三つ。線内すべての駅が無人駅であり、各駅にはSuica自動改札機が設置されているのだが、乗客の大半は鶴見駅での乗降者。途中の駅で乗って途中で降りるという人ははなはだまれなようだ。それで、鶴見駅に中間改札機を設けたものであろう。
 電車特定区間に入る路線の一つなのに、このローカル性、秘境性が魅力だし、貨物鉄道と共存しているというのもうれしいこと。貨物路線としては浜川崎から先は羽田を経て東京貨物ターミナルから都心に入っていくわけで、貨物としては大幹線である。好きな車掌車を目で探したが、さすがに見当たらなかった。

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(写真13 大川駅改札口に掲示してあった時刻表。休日は日に3本。8時17分の次は何と10時間後の18時01分である)