ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

映画『パリに見出されたピアニスト 』

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(写真1 映画館に掲示されていたポスターから引用)

ご自由に演奏を!

 パリ北駅。多くの利用者が行き交う雑踏に置かれた駅ピアノ。ご自由に演奏を!と表示されており、一人の青年が力強い演奏を行っている。ほとんど毎日のように弾いているようで、その様子を一人の紳士が遠くから観察している。
 青年の名はマシュー。狭いアパートに母親と三人の兄弟で住んでいる。不良仲間とつき合っているが、片時も離れないのはピアノのこと。クラシックピアノを弾いているなどというと不良仲間に馬鹿にされるし、母親にも隠していた。実は、マシューは子供の頃から近所の老人からピアノの手ほどきを受けていたのだった。老人はマシューの才能を見いだしており、自らの死の近いことを知るやマシューにピアノを贈る。「Eフラットの音は出ないぞ」と注意しながら。
 一方、紳士は、パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)ディレクターのピエール。ピエールはマシューの才能を見抜き、本格的にピアノを学ばないかと誘うが、マシューは話を本気にせず、仕事もあるから無理だと蹴っ飛ばす。
 そんな折、マシューは空き巣に入った屋敷で、グランドピアノを見つけ弾いているうちに逃げ遅れ警察に捕まってしまう。ピエールは一計を案じ、音楽院で床掃除をする公共奉仕をすることで収監を免れさせる。
 床掃除をするマシューに対しピエールはピアノのレッスンを働きかけるがマシューはなかなか頷かない。とにかくマシューは反抗心が強く、反発ばかりしている。
 それでもマシューはピアノが好きだから、結局ピエールの説得に応じ、レッスンを受けることに。指導するのは〝女伯爵〟と異名を取るエリザベス。厳しいことで知られる。しかも、いきなり国際ピアノコンクールを目指すといわれ、その課題曲がラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と知るや、エリザベスはピエールに対し、「マシューは10度の間隔に指を広げることはできるのか」と問いただす。
 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は難曲中の難曲として知られ、冒頭の和音連打においては、10度の間隔で弾くことが要求されているのだが、これは一般人には不可能に近い。つまり、例えばドからオクターブ上のミまで10鍵分の手を広げるということで、ずぶの素人の私でも知っている有名なエピソードだ。
 こうして始まった三人の行脚。初めマシューは楽譜を読み取る習慣すらなかったのだが、エリザベスはマシューの才能にすぐに気づく。
 映画では、ショパン、バッハ、ブラームス、、リストなどの名曲が次々と演奏され、豊穣に酔いしれる。もちろん、ラフマニノフの第2番は繰り返し登場する。激しい第1楽章から穏やかな第2楽章などとメリハリの利いた曲だから音楽そのものを楽しむ味わいもある。特に後半ではピアノ協奏曲の最高峰の一つといわれる曲が様々なエピソードを交えながら演奏されるわけだからラフマニノフファンにとっては随分と堪能できるのではないか。
 映画の最後に「この指で未来を拓く」と字幕があった。原題のAu bout des doigts(指先でというほどの意味か)はここから来ていたのだ。
 フランス・ベルギー合作。2018年製作。監督ルドビク・バーナード。
 蛇足を一つ。パリ北駅は何度も利用したし私にとってパリでばかりかヨーロッパ中でも最も馴染み深い駅。パリのターミナルは方面別になっているのだが、北駅はロンドンと結ぶユーロスターやアムステルダムに向かうタリス特急などが発着しており、ずらり数十番線に渡った頭端式ホームは、いかにも国際駅の情感が深い。駅ピアノはこのコンコースに置かれているようだが、私はこれまで気がつかなかった。あるいはここ数年の間に置かれたものかも知れない。
 なお、貧しい生い立ちから国際ピアノコンクールを勝ち上がるというサクセスストーリーは、何やらテレビのアニメーション映画『ピアノの森』を連想させた。もっともあちらはショパンだが。