ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

第1等灯台の室戸岬紀行

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特集 私の好きな岬と灯台10選

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(写真1 室戸岬灯台全景)

測候所とお寺と灯台

 室戸岬を初めて訪れたのは1988年(昭和63年)10月16日だった。もう30年以上も前になるが、この時は徳島から牟岐線で海部に行き、海部からはバスで甲浦経由室戸岬へと向かった。この時代、海部から更に南へ甲浦へと伸びる阿佐海岸鉄道はまだ開業していなかった。
 甲浦岸壁という停留所から乗った高知県交通のバスは、始発からたった一人の乗客を乗せて室戸岬まで運んでくれた。何しろ途中の乗降がまったくなかったから、運転士がどこまで行くのかと尋ねるので、室戸岬のホテルまでと答えると、何とバスはホテルの玄関に横付けしてくれたのだった。甲浦から約1時間、海部からなら約2時間の道のりで、午後6時半を過ぎてすでに日は落ちていたからこれはありがたかった。大変気のいい運転士さんだった。この時代、私の岬巡りは、灯台の近いところに泊まるようにしていた。
 二度目に室戸岬を訪ねたのは1996年6月15日だった。この時は初めてのときとは逆コースをたどり高知からバスで室戸岬へ向かった。高知から室戸岬まで高知県交通のバスで約2時間30分。バスの沿道には工事途中で放り出された鉄道の高架が途切れ途切れに続いていた。この時代、土佐くろしお鉄道ごめんなはり線はまだ開業していなかった。

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(写真  2 阿佐海岸鉄道甲浦駅)

 ただ、阿佐海岸鉄道は1993年にすでに開業していて、室戸岬を踏破した帰途は、甲浦から阿佐海岸鉄道に乗った。私の岬巡りは、鉄道に乗ることも楽しみで、だからこうして、始終点を含めてもたった3駅8.5キロの小さな路線もはるばる乗りに来ていたのだった。
 ここで室戸岬の位置を確認しておこう。四国の地図を頭に思い浮かべると、四国はまるで猪のようにも思われる。瀬戸内海側には東西に二つの瘤がついていて、西の瘤のあたりが松山で、東は高松に位置する。西端の佐田岬が鋭い牙であろう。お尻のあたりは徳島である。太平洋側には前後の足を力強く太平洋に突っ立てている。両足を広げた真ん中が高知である。室戸岬はその右側の足に位置し、紀伊水道と土佐湾を隔てるように大きく太平洋に鋭く突き出ている。
 徳島から高知を結ぶ国道55号線で、室戸岬のバス停はちょうど岬の先端にあたり、紀伊水道側と土佐湾側を二等辺三角形とする頂点に位置する。国道は海岸沿いを岬を回り込むように走っている。
 室戸岬は、安芸山地が太平洋に尽きたようになっていて、地図で見ると、鋭い矢じりが海に突き出たようにも思えるが、実際に現地に立つと、山塊が大きすぎるし、海岸は段丘にようにも見えるが、道路は波打ち際を抜けているから断崖絶壁にあるわけでもなく、岬先端の鋭さは感じにくい。

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(写真3 甲浦から室戸岬へ向かう海岸の荒々しい風景)

 さて、三度目は2013年6月28日。この時は徳島からJR牟岐線、阿佐海岸鉄道と乗り継ぎ、終点甲浦では駅前から高知東部交通のバスで向かった。
 バスは甲浦駅前9時58分定刻発車。紀伊水道を南下するようにひたすら国道55号線を海岸沿いに走る。ここいら辺まで来ると紀伊水道というよりも太平洋そのものといった方が似つかわしいように思うが、途中、海岸には岩礁が続き、波が砕け散っている。まさしく大海原で、見晴るかすように太平洋が広がっている。
 甲浦駅前を発車したバスは乗客が5人。このうち2人はすぐに下車してしまい、バスは安芸行きだったのだが残った3人はいずれも室戸岬で降りた。一人は徳島からずうっと一緒だった軽装の中年男性で、もう一人は遍路姿の中年男性だった。
 バスは、発車してまもなく地元の人が下車してからはまったく乗降する者がなく、ノンストップで室戸岬10時48分着。これも定刻の到着だった。甲浦駅から約50分。40キロほどの道のりか。
 この日は早朝に徳島を出てからずうっと雨で、この分では岬めぐりもつらいなと覚悟していたのだったが、岬のバス停に降り立ったら雨はやんでいた。ここでも晴れ男の面目躍如といったところだろう。
 岬には、下から順に室戸岬灯台、最御崎寺、室戸岬測候所とあるのだが、私はまず最も高いところにある室戸岬測候所を目指した。ただ、ここからは歩けば1時間ほどのきつい登りが続く。それでかつては、停留所の前には小さな売店があり、80歳くらいのおばあさんが店番をしており、タクシーを呼んでもらったのだった。2度目の時もそうしてもらったのだが、おばあさんはお元気だったからとてもうれしい気持ちになったことを鮮明に記憶している。初めて訪ねた折りのこと、測候所までの道のりを尋ねると、きつい登り坂を1時間ほどもかかるし歩いて行くのは辛いとということだった。
 そして3度目。同じようにバスを降り立ったら、あるかと期待していた売店はすでになくなっていて、おばあさんもいなかった。考えてみれば、2度目に来てからでは17年も経っているのであり、おばあさんはお元気なら100歳にもなっているはず、うっかりしていた。
 それで、売店のあたりには室戸ジオパークインフォメーションセンター という看板が掛かった事務所となっており、ここで前2回と同じようにタクシーを呼んでもらった。お遍路姿の男性はあくまでも歩いて登るということだった。

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(写真4 室戸岬測候所)

 室戸岬測候所(現在の正式名称は気象庁室戸岬特別地域気象観測所)は、室戸岬の標高 185メートルにある。タクシーを乗り付けると、測候所は無人化されて閉鎖されていた。しかし、幸い、この日は気象庁の職員が設備点検のためとかで駐在していた。
 そこで、無理をお願いして測候所の屋上に登らせてもらった。実は、私はこの測候所を訪ねるのはこれが3回目で、室戸岬から太平洋を眺望するにはこの屋上からが最上の眺めと知っていたのである。かつて測候所には常勤の職員がいて一般人の見学も歓迎されていた。
 この日は生憎と雨上がりの曇り空でくっきりとした眺望ではないものの、ぐるり遮るものとてない360度の展望が開けていた。
 この室戸岬は台風銀座みたいなところで強風で知られるが、子どものころ、まだテレビがなかった時代、気象情報はラジオで聞いていた。その放送の中では必ず室戸岬が登場し「室戸岬では西寄りの風風力3」などとやっていた記憶があり、室戸岬測候所というものへの愛着がいまだ強いのである。また、室戸台風にも数次にわたって襲われており、確か、日本の最大風速はここで観測されたものではなかったか。

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(写真5 古刹然としたたたずまいの最御崎寺)

 測候所からは坂道を下っていくとほどなく最御崎寺(ほつみさきじ)。四国24番札所である。なかなか立派なお寺で、古刹然としたたたずまいが感じられた。数人のお遍路さんがお参りしていて、私のような単なる旅行者というものはほかにいなかった。
 お遍路さんの中に、来る途中バスで一緒だった方がいらして少しだけお話をした。春に20ヵ寺ばかりは片付けていて、今回は2週間の予定で残りをすべて巡るのだということだった。50前後のがっしりした体格で、とくに屈託があるようには思われなかった。
 さて、このお寺のすぐ下が室戸岬灯台であった。鉄造の灯台で、白く塗装されている。太くずんぐりした円筒形をしていて、はなはだたくましく感じられた。光達距離の26.5海里(約49キロ)は日本一である。なお、鉄造の灯台は珍しく、日本最北端宗谷岬は角形の鉄造だった。

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(写真6 室戸岬灯台の第一等フレネルレンズ)

 レンズがでかい。第一等フレネル式で、直径が2.6メートルもある。なお、現存する第一等レンズの灯台はほかに犬吠埼、経ヶ岬、出雲日御碕、角島の四つ。
 灯台は海面から約150メートル。灯台からは両手を広げて余るほど約240度もの眺望で、ひたすら太平洋が大きく見えた。ただ、この岬は大きすぎて、木が生い茂っているし、断崖絶壁の様子も感じられなかった。

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(写真7 海岸から見上げた室戸岬とてっぺんにちょっと顔を出しているのが灯台)

 麓に降りると、海岸沿いは荒々しい岩礁になっていて、遊歩道が設けられている。波打ち際まで渡っていって後ろを振り向くと、さっき下ってきた灯台のてっぺんが見えた。

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(写真8 室戸ジオパークと背後の銅像は中岡慎太郎像)

 また、国道沿いには幕末の志士中岡慎太郎の像があって、その隣には室戸ジオパークインフォメーションセンターがあり、見学させてもらった。それによると、この岬は海底火山が隆起してできたのだとのこと。一般に、砂浜は沈下してできることが多く、岬は隆起したものと言えるようだった。
 ところで、このジオパークでお話を伺っていたら、うっかりしてタッチの差で帰りのバスを逃してしまった。この先は土佐くろしお鉄道の始発駅奈半利まで向かう予定。しかし、次のバスは2時間後までないし、奈半利駅まではバスで約1時間の道のり。それで頭を抱えていたら、インフォメーションセンターの女性が、先行するバスを自家用車で追いかけてくれるという。大変恐縮だったのだが、お言葉に甘えてそのようにさせてもらった。ただただ感謝するばかりだったが、とても思い出深い室戸岬紀行となったのだった。

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(写真9 土佐くろしお鉄道奈半利駅)

<室戸岬灯台メモ>(「灯台表」等から引用)
 航路標識番号3027(国際番号M5586)
 名称/室戸岬灯台
 所在地/高知県室戸市室戸岬町
 位置/北緯33度14分50秒 東経134度10分32秒
 塗色・構造/白色塔形鉄造
 塔高/15.4メートル
 灯火標高/154.7メートル
 レンズ/第1等フレネル式
 灯質/単閃白光毎10秒に1閃光
 実効光度/160万カンデラ
 光達距離/26.5海里(約49キロ)
 明弧/全度
 初点灯/1899年4月1日
 管理事務所/第五管区海上保安本部高知海上保安部
  なお、室戸岬灯台は、日本の灯台50選の一つであり、Aランクの保存灯台に指定されている。