ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

津軽半島最北端龍飛崎紀行

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特集 私の好きな岬と灯台10選

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(写真1 津軽海峡に突き出た龍飛崎。突端は防衛省のレーダー施設で、対岸は北海道白神岬)

演歌の似合う風の岬

 日本全図を広げて北上していくと本州の端は蟹が二本の爪を広げたような形をしている。青森県で、大きな陸奥湾を囲い込むようになっていて、右指は鉞(まさかり)のような形をした下北半島であり、対する左が津軽半島である。津軽海峡に面しその半島の最北端にあるのが龍飛崎。
 龍飛崎あるいは竜飛崎とも。何と荒々しい名前か。実際、強風が常に吹いていて、厳冬期には、あまりに風が強すぎて降った雪が飛ばされてしまい積雪もできないほど。しかし、突端に立てば、津軽海峡を眼下に、北海道が眼前に横たわる雄大な風景を望むことができる。
 龍飛崎へは、青森駅から津軽線で向かう。全線55.8キロのローカル線である。陸奥湾沿いを走る路線だが、眺望が開けたのは蟹田に至ってから。左手は現在進んでいる津軽半島、右が夏泊半島とその先が下北半島である。夏泊半島は陸奥湾の中央部に突き出たでべそのような小さな半島。快晴ならば澄み切った青空にはなはだ見晴らしがいい。
 また、この駅のホームには、切り出したばかりのような風情のある立派な木の看板が立ってあって、「蟹田ってのは風の町だね」と『津軽』から引いた太宰治の文句が書かれてある。しかし、ここで風に驚いていてはいけない、この先はもっと風が強いのだ。
 蟹田を出ると津軽山地へと分け入っていく。次の中小国が、JR東日本とJR北海道の境界駅で、さらに進むと津軽二股。右手を見上げれば北海道新幹線の高架が並んでいて、奥津軽いまべつ駅が隣接している。この奥津軽いまべつ駅は本州にあるのにれっきとしたJR北海道の駅である。
 ここで乗り継ぐ人は滅多にいないと思われるが、私は非常なる興味があってかつてわざわざここで北海道新幹線から津軽線に乗り換えたことがある。津軽線は、起点の青森駅から終点の三厩(みんまや=30年前に乗った折には駅名はみうまやとなっていた)駅まで通し運転の列車は日に1本しかなく、蟹田で乗り継げる列車も4本しかないから時刻表を吟味しておく必要がある。
 私は木古内から北海道新幹線に乗車して奥津軽いまべつで下車し、津軽線津軽二股へと乗り継いだのだが、両駅間は徒歩わずかに数分。JTBの時刻表にも津軽線の覧に「津軽二股駅と北海道新幹線津軽いまべつ駅は隣接しています」と案内してある。
 津軽二股駅は片側1線の小さなホームがあるだけ。乗客は今別へ買い物に行くというおばあちゃんと、何用あってこの駅から乗るのか判然としないような男の私の二人。

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(写真2 津軽半島最北端の駅、龍飛崎への玄関口三厩駅)

 津軽二股を出ると津軽浜名で再び海に面しそのまま三厩到着。青森から通しで乗って来れば約1時間30分のところである。三厩駅は島式1面2線のホーム。私はこの駅で降り立ったのはこれまでに6度。この間に駅舎が新しくなった。それでも最果ての旅情が色濃く漂うところだ。
 駅前には、列車の到着時刻に合わせ外ヶ浜町営の龍飛崎行きのバスが発車を待っていてくれる。本来は町民のためのコミュニティバスだろうが観光客にも開放していて、料金はわずかに100円。
 三厩駅からおよそ30分で龍飛漁港。陸が尽きるというところにあり、太宰も『津軽』で「この先に道はない。だぼんと海に落ちるだけだ」と書いている。
 かつての路線バスはこの停留所が終点だったが、外ヶ浜町営バスは親切にもいったん来た道を少しだけ引き返し岬の尾根へと急な坂道を登っていってくれ、龍飛埼灯台へと誘ってくれる。

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(写真3 麓の漁港から灯台へと登る〝階段国道〟)

 しかし、これは余計なお世話みたいなもので、龍飛漁港の停留所から〝階段国道〟と呼ばれる世にも珍しい階段が岬のてっぺんにまでつながっているのだ。バスが走ってきた国道339号線がそのまま伸びているのである。階段が国道だなんてここにしかないもので、龍飛の名物である。
 この国道は、外ヶ浜から弘前まで津軽半島を南北に貫く長い道路なのだが、途中どうして階段になってしまったのか、何でも国道を指定する役人が現地を見ずに地図だけで線を引いた結果こうなったということである。
 階段は362段、高低差70メートル。喘ぎながら登ると岬のてっぺんに至り、一気に眺望が開ける。津軽半島の最北端に位置する。岬は津軽海峡に鋭く突き出ていて、高い断崖絶壁となっている。段丘ではないようだから海蝕崖であろうか、海面からの高さは100メートルを超す。足下を洗う激浪の潮騒がかすかにしか届かないほどだ。
 しかし見晴らしはいい。これほど眺望の利く岬も、いかに眺望が自慢の岬の突端といいながら珍しいほどの素晴らしさだ。眼下は津軽海峡で、眼前に北海道が横たわっている。船舶が往来している。直線距離で19.5キロ。対岸といいたくなるほどに近く見えるのは松前半島の白神岬である。なお、ちなみに、津軽海峡でもっとも幅が狭いのは下北半島の大間﨑と亀田半島の汐首岬の間18.7キロである。
 私流の表現を使うなら、両手を広げて余るほどだから240度もの眺望か。白神岬の少し右が函館山で、さらにずっと右に見えるのが下北半島であろう。
 一緒に並んで海峡を眺めていた地元のお年寄りが、これほど見晴らしのいい日も珍しいといいながら、白神岬の左に見えるのが大島で、その隣にかすかに見えるのは小島だという。教えてくれなければ気がつかないほどで、この二つの島が並んで望めるのも珍しいのだとも。
 高い断崖絶壁にあるからまるで劈頭に立つ爽快感がある。これこそが岬の魅力である。両手を広げて飛び込みたくなる誘惑に駆られるが、幸か不幸かこれまでは一度もそういうことにはならなかった。
 龍飛崎で両手を広げて飛び込みたくなるのは、風の強いことにもよる。稀に弱い日もあるがおおむね強風が吹き荒れており、風が弱いと張り合いがないくらいだ。厳冬期に来たときなど、あまりに風が強くて、大人の男の私が風に吹き飛ばされそうになって這って歩いたほどだった。また、ここは風が強いから雪も積もれないのだった。岬はどこも地形上風が強くなるものだが、しかしここ龍飛崎はその名の通り、龍が舞うほどなのだ。
 岬の突端には、防衛省のレーダー施設がある。岬の突端といえば海上保安庁が設置する灯台が一般的だからこれは珍しい。津軽海峡の防衛上の位置がわかる。

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(写真4 龍飛埼灯台。日本海と津軽海峡を両睨みしている。後方は小泊岬)

 その龍飛埼灯台は、突端から少しだけ後ろに下がったところにある。龍飛崎そのものがそうなのだが、灯台は津軽海峡の出入り口と日本海を両睨みをするように向いて立っている。
 灯台はややずんぐりしている。塔高は13メートルほど。第三等フレネルレンズで、光達距離が44キロもある大型灯台だ。メタルハライド光源だが、実効光度は47万カンデラという。日本の灯台50選に選ばれている。

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(写真5 小泊岬との中間点にある瞰望台から見た龍飛岬)

 龍飛崎は大きな岬で、突端周辺にいてはわかりにくいが、後方に下がって岬全体を眺めると、大きな岬が海峡に鋭く突き出ているのっがよくわかる。かつては風力発電の風車が林立していたものだが、後年になってその数が減った。まさか風が弱くなったからでもないだろうが。
 初めてこの岬を訪れたのは1989年6月17日で、あれからもう30年にもなる。その後も季節の折々に訪ねていて、いつの年だったか、帰途のバスを待つ間、麓の漁港にある居酒屋で時間をつぶしたことがあったのだが、酒の肴にウニを頼んだら、どんぶり一杯にウニが殻のままで出てきたのには驚いた。なかなか得がたい経験だった。この居酒屋は建物は新しくなったが現在も営業を続けている。
 龍飛崎は演歌の似合う岬。そう言えば、襟裳岬も演歌の似合う岬で、あそこも風が強かった。

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(写真6 龍飛漁港から見た龍飛崎と龍飛埼灯台)

<龍飛埼灯台メモ>(「灯台表」等から引用)
 航路標識番号1501(国際番号M6662)
 名称/龍飛埼灯台
 所在地/青森県東津軽郡外ヶ浜町字三厩龍浜
 位置/北緯41度15分30秒 東経140度20分33秒
 塗色・構造/白色塔形コンクリート造
 レンズ/第3等大型フレネル式
 灯質/群閃白光毎20秒に2閃光
 実効光度/47万カンデラ
 光達距離/23.5海里(約44キロ)
 塔高/14メートル
 灯火標高/119メートル
 初点灯/1932年7月1日
 歴史/1998年メタルハライド化
 管理事務所/第二管区海上保安本部青森海上保安部