ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

二宮敦人『最後の秘境 東京藝大』

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天才たちのカオスな日常

 知り合いには芸大出身の画家や演奏家が幾人かいるし、美術展や音楽会にも時折出掛けていて芸大出の経歴を目にすることもままあって、芸大には普段から関心が高い。
 しかし、芸大生たちは超難関の狭き門をくぐってきた天才たちの集まりであること、卒業生たちは芸術家への登竜門を一歩踏み出した存在であることくらいしか知らなくて、さらに付け加えれも、東京美術学校と東京音楽学校を前身とし、明治以来、我が国の美術であれ音楽であれリードしてきたといった程度の知識しかなかったのだが、本書では、芸大ではどんなことをやっているのか、どんな学生生活を送っているのか、率直に書かれていて大変興味深かった。内容は、芸大生を直撃する探訪記になっていて、文章がやわらかいし抱腹絶倒の面白さだった。
 著者は作家。妻が現役の芸大生なのだとか。その妻と一緒に生活していると、彫刻が専門らしいが、実にユニークで、芸大というものへの興味が高まったらしくついには芸大を探検に出掛けたという具合。妻が芸大生ということもあって幅広く深く突っ込むことができたようで面白かった。
 芸大は上野公園の奥にあるが、上野駅から東博(東京国立博物館)の前の通りを向かうと、道路を挟んで左が美術学部で、右が音楽学部。美術学部を美校、音楽学部を音校と呼ぶらしいが、これは前身からの呼び名を踏襲したものであろう。
 美術と音楽の両方を擁しているのが芸大の特徴だが、「実際にその境界線に立ってみると、不思議な感覚を覚える。行きかう人の見た目が、左右で全然違うのだ」
 「音校に入っていく男性は爽やかな短髪にカジュアルなジャケット、たまにスーツ姿。女性はさらりとした黒髪をなびかせていたり、抜けるような白いワンピースにハイヒールだったりする。大きな楽器ケースを担いでいる学生もちらほら。みな姿勢が良く表情が明るいため、芸能人のごとくオーラを放っている。……」
 「対して美校の学生たちは……ポニーテールの、髪留め周りだけ髪をピンクに染めている女性。真っ赤な唇、巨大な貝のイヤリング。モヒカン男。蛍光色のズボン。自己表現の意識をぴりぴりと感じさせる学生がいる一方で、まるで外見に気を遣っていないように見える学生も多い。ぼさぼさ頭で上下ジャージだったり、変なプリントがされたTシャツだったりが通り過ぎる。数人に一人は、眉間に皺をよせて俯き、影を背負ったような顔をしている」
 「数分も眺めていれば、歩いてくる学生が美校と音校のどちらに入っていくか、わかるようになってくる」という具合。
 まずは美校から。工事現場のような格好をした人たちとすれ違ったが、実はそれが彫刻科の教授と准教授と助手だったりする。美術は肉体労働だし、彫刻棟の中はまるで工場だ。
 音校では、ビジネスホテルのように扉がずらり廊下の両側に並んでいる。練習室である。また、コンサートホールが六つもあるし、中には1千席のホールも。
 とにかく紹介されているエピソードが面白い。日頃知らない世界ばかりだ。枚挙にいとまがないが幾つか引いてみよう。
 「私、洗い物したことがないのよ」「ピアニストにとって指は商売道具だもの。傷つけて演奏できなくなったら大変、練習できないだけでも困る。……重いものも持たないし、スポーツもしない」
 「楽理科は、音楽学を学ぶ学科なんですが、もっとわかりやすく言うと『言葉を使って音楽を表現するところ』です」
 「指揮者って派手なイメージがあるかもしれませんが、実は地味なことをしている時間がすごく多いんですよ」「まず、とにかく楽譜を読んでいますね……。楽器の人は最低自分のパートがわかっていればいいんですけれど、僕は全部のパートが頭に入ってなくちゃいけないんで、暗記は必須です」
 「アーティストとしてやっていけるのはほんの一握り、いや一つまみよね」「他の人は卒業後、何をしているの?」「はんぶんくらいは行方不明よ」。「進学と不明が八割を占める。それが芸大生の進路なのだ」
 「何年かに一人、天才が出ればいい。別の人はその天才の礎。ここはそういう大学なんです」
(新潮文庫)