ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

青山文平『半席』

f:id:shashosha70:20190411152857j:plain

上質の時代物ミステリー

 直木賞作家が描く連作短編集である。時代物のミステリーが6編収められている。それがいずれも面白くて思わずページをくくる手が停まらない。ぬる燗にするめでもかじりながら読み進むとなおさら物語世界に漬かりながら興趣が盛り上がるかもしれない。
 主人公は、徒目付片岡直人。二十二歳の御家人で、いずれは旗本にと出世を狙う半席の身分。同じ幕臣ながら御家人から旗本に身上がるためには御目見以上の御役目に二つ以上就かなければならないのだが、半席とはまだ一つしか御役目に就いていないという身分のことで、なかなか厳しい道のりだが、片岡は徒目付から勘定所へと栄進を考えている。時代は、戦国からすでに二百年の世、番方と呼ばれる武官よりも、徒目付や勘定所のような役方と呼ばれる文官のほうが出世が早い。
 勘定所は財政が仕事だが、徒目付は監察が業務。今や財政と監察は御公儀の両翼であり、徒目付は目付の配下となって幕臣を監察する。目付は、江戸城中において腰に大小を差すことのできる唯一の御役目、老中といえどもできないことであり、宿直で城中見廻りにあたる当番目付のみが、大小二口を帯び、徒目付を従えて城中を巡る。
 徒目付が詰めているのは本丸表御殿中央の内所。ここで、片岡は、上司である徒目付組頭内藤雅之の指示に従って動いている。内藤は片岡より一回り年上。出世には目もくれないようで、組頭をもう七年もやっている。
  片岡は時々内藤から誘われ、神田多町にある居酒屋七五屋に寄る。内藤の馴染みの店である。表の御用とは別に、内藤は片岡に頼まれ御用をねじ込む際にはこの店で話す。さすがに内所ではできない話だからである。
 前置きが長くなったが、一つ引いてみよう。「真桑瓜」から。
 白傘会という、八十歳以上でまだ御公儀の御役目に就いている旗本の集まりで刃傷沙汰が起きた。二ヶ月に一度、持ち回りで酒を酌み交わしているだけのことなのだが、この日も十八人が集まって和気あいあいと進み、最後の水菓子に真桑瓜が出たところで当番の岩谷庄右衛門に対し山脇籐九郎が脇差しを抜いていきなり斬りかかった。幸い傷は深手ではなかった。
 二人の仲はとびっきりというほどによかったらしい。それがなぜに。籐九郎はだんまりを決め込んでいるし、庄右衛門にしたところで思い当たるところがない。周囲は吟味筋にならないよう穏便に済ませたいし、庄右衛門にしても異存はない。
 ただ、庄右衛門としてはなぜこんな事態になったのかその理由が知りたい。それで頼まれ御用が内藤から片岡に回ってきた。頼まれ御用は、罪科を吟味したりすることではなく、あくまでも業務上とは関係なく、個人の依頼でなぜその事件が起きなければならなかったのかを解き明かすことである。徒目付は監察が仕事で探査は得手だから身分を越えて時にはこういう依頼も回ってくる。
 片岡は、当夜同席だった者や周辺に聞き回ったあとで籐九郎を訪ねた。籐九郎は誰かきちんと話を聞きに来るものを待っていたかのように話し出した。その話は古いいきさつのある茫然とする哀しいものだった。
 聞けば、奇妙な言動の裏に意外な動機が隠れているもので、そのなぜを丁寧に解きほどいていく。そこは聞き取りが真骨頂で、「聞き取りは、訊きたいことだけを手際よく訊けばよいというものではない。事件の筋からは遠くとも、相手が話したいことを存分に話させることで、言葉が言葉を引き出す」ということであり、特に片岡はお年寄りに口を開かせるのがうまい。
 極上のミステリーが練達の文章によって紡がれていく。これが謎解きの面白さを増してくわけで、見事なほどの独創的な仕立てとなっている。また、五七屋で食べる肴の話題、江戸の町名、御家人の生活などが押さえた筆致ながら色彩豊かに彩られていく。
(新潮文庫)