ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

映画『バイス』

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(写真1 映画館に掲示されていたパンフレットから引用)

チェイニー副大統領とは何者か

 アメリカ映画。
 題名のバイス(VICE)が意味深長である。接頭語として用いれば、vice presidentのように副~という意味になるが、単独では、悪という意味で使われる。映画は、この二つの意味で描かれている。
 ディック・チェイニーを描いており、かつてジョージ・W・ブッシュ大統領の下で副大統領を務めた。9.11の当時で、史上最悪の副大統領と指弾されたこともある人物。
 このチェイニーを描くについて映画はブラックユーモアの手法を採っており、退路を確保しておくことも考慮したのか、映画冒頭で「真実だが、不完全である」とわざわざ断っている。また、主要な出演者が実在の人物とそっくりの表情や姿というのも単なるユーモアではなく複雑なリアリティを高めている。チェイニーはもとより、ブッシュも国防長官ラムズフェルドや国務長官パウエル、安全保障担当補佐官ライスなどとそっくりさんなのである。だから、ニュース映像など挿入する必要もない。
 大酒飲みで乱暴者の青年時代だったが、妻リンの励ましによって政治家への道を歩み出す。演説下手で妻のフォローで切り抜けている状況だったが、次第に頭角を現していき、「無口な男に注意しろ」と言われるような存在感を高めていった。
 若手政治家を鍛えるインターシップでラムズフェルドとの出会いが重要。ラムズフェルドからの忠告は、①口は堅く、②指示に従い、③忠誠を貫くことというものだったが、チェイニーはそれらを実行して認められていった。
 フォード政権下では大統領首席補佐官となり、フォードが野に下ると、下院議員を6期務めた。続いてジョージ・H・W・ブッシュ(大ブッシュ)が大統領となると国防長官に就任、任期を全うした。
 ここで政治家チェイニーは終わったかに見えた。好きな釣り三昧で、妻や家族と穏やかな生活を送っていた。
 映画もここで終わったようだった。キャストの名前が延々と流され、まるでエンディングのようだった。しかし、まだ肝心の副大統領にはなってないし、映画の時間も終わるには早すぎるなと訝しく思っていたら、画面が新しくなった。第二部の始まりということなのだろう。
 ブッシュ(ブッシュ・ジュニア)からの呼び出しがあり、次の大統領選挙に出馬するので副大統領を引き受けて欲しいというものだった。副大統領など飾り物、退屈なだけだなどと言って当初この申し出を渋っていたが、軍事と外交を任せてくれるならと条件を出して引き受けた。(軍事と外交を任せたら大統領は何をするんだ?)
 ここからのチェイニーがすごい。政権移行チームを率い、閣僚名簿を次々と書いていく。元来、副大統領がやるべき仕事ではないのだが、チェイニーの狙いは、ブッシュを操り、実質的な影の大統領として辣腕をふるうこと。何しろ、大統領を支える、主要閣僚や補佐官までも自分の息のかかったもので固めている。
 副大統領は上院議長を兼ねていることは日本人でも既知のことだが、実はこのことの重大さをアメリカ人でもないがしろにしていたようで、立法と行政を握る権力を巧みに行使していく。しかも、司法でも最高裁判事に腹心を送り込んでいくのである。
 法律的根拠は側近の法律家が編み出し、拡大解釈は日常茶飯事。そしてメディアを操作し、PR活動を巧みに行う。
 アメリカの政治、特に大統領制についてある程度知悉していないとわかりにくいところもある。字幕で「一元的執政府」というのは耳慣れない言葉で首をひねった。日本語訳がよくないのかもとも思った。字幕ばかり追っていて発音をきちんと聞いていなかったのだが、単純にUnitary Executiveということならともかく、チェイニーが狙っているものは三権分立を越えた大統領権限ということになるが、どうだったか。
 そしてついに9.11。一気にイラク侵攻へと突き進んでいく。何しろ、チェイニーばかりか、ラムズフェルドもパウエルもライスも皆タカ派であり好戦派だった。映画では、ブッシュが一番及び腰ではなかったか。はっきりしないブッシュに対し開戦できるのは大統領だけだとすごまれた。また、パウエルもイラクの大量破壊兵器保有に対し確信を持てないでいた。
 結果は歴史が示している。実はこの映画の直前に観た映画が『記者たち』だった。イラクは大量破壊兵器を持っていると断じて開戦したブッシュの嘘を暴いた映画だったのだが、本作映画を観ると実は開戦を指導したのはチェイニーだったとわかる。
 映画の終盤、政権を離れたチェイニーがメディアのインタビューに答えて曰く、70%の国民があなたのことを断罪していると詰め寄ると、国民は私を支持してくれた、私は光栄だったとうそぶく場面があった。
 『記者たち』を観ると、イラク戦争開戦当時、ニューヨークタイムズもワシントンポストも実はブッシュの作戦を支持していたのだ。
 期せずしてこの同じ時期に『記者たち』を観、さらに『バイス』を観たことは、映画の背景、持つ意味を考えさせられてとても面白かった。また、アメリカには、変な忖度をせずに、権力者に真っ向から切り込んでいく映画界があることは好感を持てた。それも、二つの映画とも、とても娯楽性の高い作り方になっていて、多くの大衆に9.11を再確認させているように思われた。
(それにしても、VICEをバイスと訳すことはいかがなものか。ヴァイスでいいではないか。初め、題名をバイスと知って、意味がわからなかった)