ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件(上・下)」

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稀にみる傑作ミステリ

 これは稀にみるミステリの傑作だ。文庫本で上下2冊。謎解きの面白さが詰まっていて、じっくり読み進むとミステリ好きにとっては至福の時を過ごすことができる。
 イギリスミステリらしく構成がよくよく凝っている。文庫上下2冊というのがミソ。原書は1冊だったらしいが、2冊にしたことで読者をぐっと惹きつける。これは成功だった。上巻を読み終えてどうしたのだろう?と訝しげに思わせつつ下巻に手を伸ばすわずかの間が大事。この仕掛けは秀逸だ。
 女性編集者が新作の原稿を読み始めるところから物語は始まる。
 新作はアラン・コンウェイの『カササギ殺人事件」。名探偵アティカス・ピュントを主人公とする人気シリーズの9作目だ。実に魅力的な作品で、編集者は一気に読み終えたほどであり、本作も大ヒット間違いなしと思われた。
 本書を読み進むには、作中で編集者もしたように、メモ用紙とペンを用意しておいたほうがよい。登場人物が多いし、そうでもないと重要なヒントを読み落とすことになりかねない。
 『カササギ殺人事件』の舞台は1955年のイギリスの田舎町。この舞台設定はホロヴィッツが意識的に行ったことは当然だが、これによってまるでイギリスの古典的ミステリを読んでいるような錯覚に陥らせる。これはもうアガサ・クリスティの世界ではないか、そう思わせるに十分だ。
 ピュントが村人たちに訊いて回った証言は膨大。しかし、誰がどこまで真実を語っているものか。メモを取っておかないと矛盾に気がつかないでしまう。とにかく全ての材料は読者にさらされているわけで読者はホロヴィッツの挑戦を受けているようなものだ。このあたりもクリスティを彷彿とさせる。否、クリスティに挑戦しているのかも知れない。
 とくに、巧みに張り巡らした伏線。これをどこまでちゃんとメモできるか。かといって、あまりに気を散らしすぎると小説の醍醐味を弱らせてしまう。
 私は、読んでいてある場面で齟齬を感じた。その場面ではどれほど重要な意味を持つものかどうか、そもそも意味を持つものかどうかさえわからなかったのだが、メモをし記憶にとどめて置いたところ、最後の場面で、その何げない一言が犯人にとって瑕疵となったのだった。自慢するわけではないが、これぞミステリ好きの面目躍如とするところではないか。
 近年警察小説が全盛で、特に北欧ミステリに秀作が多くて、それはそれで楽しんでいるのだが、イギリスからミステリの王道を行く本格探偵小説が誕生したことは、世界のミステリ界に大きなインパクトを与えたのではないかと思っている。山田蘭訳。
(創元推理文庫上・下)