ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

『在京白堊会50年の歩み』刊行

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(写真1 『在京白堊会50年の歩み』表紙カバー。見開きに開いた状態)
同窓の絆を未来へ

 在京白堊会とは、岩手県盛岡市にある県立高校同窓生の在京組織。昭和44年(1969)の設立である。私の母校だが、創立は明治13年(1880)と古く、質実剛健、忠実自彊の伝統が今に息づいている。
 もとより盛岡には同窓会があったのだが、在京組織設立のきっかけとなったのは、高校野球で昭和43年に母校が夏の甲子園大会に出場、東京からも同窓生が大挙して押しかけた際、東京にも同窓組織が欲しいという声が異口同音に高まったことだった。
 呼応する者多く、すぐに弁護士事務所に事務局を置いて会は発足した。会の運営は、母校の校風同様に極めて自由。会長も置かず、参加する者はみんなが代表だという気風で運営された。会費を払った者は平等ということで、同窓には大臣代議士少なくなかったのだが、あえて挨拶もさせなかった。もちろん政治とは距離を置いたが、寄付も受け付けなかった。
 その後、会が大きくなるにつれて、会長制を敷いたり、会則の見直しを行ってきたが、基本的な理念は発足時と何も変わっていない。
 会の主な活動は、年1回の総会懇親会の開催と、年2回の会報の発行、WEBサイトの運営、それに白堊芸術祭やクラブ活動。
 総会には300人も出席する盛大さ。面白いのはこの総会の運営は満50歳になった年次が輪番で担当とするということ。
 また、芸術祭には絵画から書、陶芸、写真などと様々な分野から60人もの出品があるにぎやかさだし、クラブには、芸術鑑賞やゴルフ、歌、女子サークル、お医者さんの会などと多彩で、こうした活動が同窓生の参加を促し、会の下支えとなっている。
 改めて50年の歩みをひもといてみると、表紙カバーには昨年の総会時に撮影した330名もの出席者の集合写真が載っていて圧巻である。
  そこにあるのは、創立から130年を超えて伝わる絆の強さである。また、かつて甲子園球場を轟かせたように、総会で参加者が全員で蛮声を張り上げる校歌が象徴である。