ABABA’s ノート

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展覧会『顔真卿』

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(写真1 「祭姪文稿」の書き出しの部分=会場で販売されていたカタログから引用)

王羲之を超えた名筆

 東京国立博物館で開催されている話題の展覧会。書に関する展覧会としては破格の規模と内容ではなかったか。入場者数も驚異的で、入場に40分、注目の「祭姪文稿」を見るにはさらに70分並ばなければならなかった。書の展覧会でこの人気は異常と言えるほどで、中国の歴史上の至宝を見る滅多にない機会だから中国から来た人たちの姿が多かったのも特徴だった。
 とにかく名だたる書家、名筆が揃っていて感心した。書聖とあがめられる王羲之から唐の三大家である虞世南、欧陽詢、褚遂良が並び、日本からも空海、嵯峨天皇、橘逸勢の三筆に加え、小野道風、藤原佐理、藤原行成の三跡が揃っていてまことに豪華。とにかく国宝が18,重要文化財が15点も出品されていた。
 圧巻はやはり顔真卿で、顔真卿の生涯の業績の全容がわかるようなボリュームだった。後世に多大な影響を与えたという楷書などには独特の風合いが感じられた。
 特に注目は「祭姪文稿」(さいてつぶんこう)の展示。台北の故宮博物院から来日したもので、門外不出といわれた肉筆が目の当たりにできたことは画期的なこと。
 顔真卿は、そもそも唐の官吏だが、書家として名だたるばかりか、安史の乱においては願家を束ねて義兵をあげ、忠臣として知られる。
 「祭姪文稿」は、安史の乱で非業の死を遂げた甥(古い中国で姪は男子の宗族にも用いる)に対する追悼文の草稿。行書体で書かれた長文で、日本語訳によると、悲痛に満ちており、顔真卿の義憤がうかがえる。
 この書が日本で展示されることに対し、中国では汚れや破損を心配する非難の声が上がったと言われていて、それはまた中国ですら見られないことに対する怨嗟の声でもあったのだろうし、それほどの至宝でもあるということなのだろう。会場では中国語が飛び交っていて中国の人たちの関心の高さもうかがわせた。
 何しろ中国の文物が日本でこれほど注目されたのは「清明上河図」以来ではないか。あの時もここ同じ東博で長蛇の列だった。
 展示を見ていて一つ感じたことは、墨と筆の持つ力。墨跡でなかったら2千年も超えて現代に伝わらなかっただろうし、美しさにも昇華できなかったのではないか。
 もう一つは拓本の意義。展示品の少なくないところが拓本によるものだったが、印刷技術のなかった時代において、拓本こそが字の普及と書体の流行に大きな役割を果たしてきたと感じたものだった。

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(写真2 「紀泰山銘」の巨大な拓本。高さが13メートルもあるという)