ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

丹波と丹後にまたがる福知山

f:id:shashosha70:20181011102010j:plain

(写真1 美しい姿を見せる福知山城天守閣

鉄道要衝の地

 北条鉄道を往復したあとは粟生で加古川線に乗り換え、谷川を経て福知山線で福知山に至り宿を取った。結局、この日乗った鉄道は7線区の多きに上った。
 福知山は、京都府の西部、旧国名なら丹波と丹後の境目に接する。地形的には、丹波高地と丹後山地に挟まれた福山盆地に位置すると言えようか。
 福知山の町は、明智光秀が福知山城を築城し、町割をしたことで知られ、光秀の治世が良かったのか、今でも光秀の人気は衰えていないようだ。
 鉄道で福知山に入ってくると、車窓右手に福知山城がくっきりと見える。全国には車窓に見えるお城は数多いが、天守閣がこれほど間近に美しく見えるのは大阪城を除けばほかには大洲と唐津くらいなものか。
 福知山駅から線路に並行して歩くこと約15分で福知山城。平山城だが、華麗な天守がそびえている。復元されたもので、大天守と小天守が連なっている。関ヶ原の戦いで論功のあった有馬豊氏が6万石で入って城郭や城下町を完成させたという。

f:id:shashosha70:20181011102510j:plain

(写真2 石垣は転用石を使った野面積み)

 石垣は野面積みで、しかも転用石も目立つ。いわゆる寺院や墓所の石材を破壊し転用したもので、理由を知らずに石垣の表面だけを見ると、調和がなくて不細工に見えなくもない。
 天守は郷土資料館になっているのだが、訪れた日は休館中で、天守に登ることはできなかった。それでも、お城は福知山盆地を見渡す絶好の位置にあるようで、天然の堀としたのであろう、眼下にはお城を囲むように三方に川が流れているのが見て取れた。
 一方、福知山は鉄道の町でもある。JR西日本の山陰本線、福知山線に京都丹後鉄道の宮福線が乗り入れており、鉄道要衝の地である。かつては福知山鉄道管理局のあったところで、現在はJR西日本福知山支社に引き継がれている。
 駅の南口駅前には蒸気機関車が展示されていたが、それも転車台の上に乗っていて、とてもうれしい展示だった。こんな大きな駅前に転車台がどんとあるというのも珍しのではないか。いかにも鉄道の町らしいことだった。
 また、福知山は戦時中歩兵第20連隊が置かれていたところで、大戦末期フィリピン・レイテ島で玉砕したと記録されていた。
 夜、夕食がてらいっぱいやりに街に出たのだが、繁華な飲食街というものが見当たらなくて、内陸だから魚には期待していなかったのだが、それにしても特徴ある酒と肴にはあたらなかった。この頃はこのような地方都市が少なくない。

f:id:shashosha70:20181011102348j:plain

(写真3 鉄道要衝の地福知山駅)