ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

ユルリ島の野生馬

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(写真1 会場の様子)
岡田敦写真展
 豊島区の大正大学で開かれている。
 「馬の楽園」と呼ばれながら絶滅の危機にあるユルリ島の野生馬の生息を追った写真家岡田敦の渾身の写真展である。
 ユルリ島は根室半島昆布盛沖合の無人島。周囲7.8キロ、面積168ヘクタール。海抜43メートルの台地状になっており、かつて昆布漁の干し場として利用された。
 ただ、島は絶壁になっており、断崖の上に昆布を引き揚げるために馬の労力が必要とされた。馬は櫓の滑車を引くために島に持ち込まれたもので、島には最盛期には9軒の番屋と7基の櫓があったという。
 しかし、昆布漁の近代化が進むと漁師は次第に撤収していき、馬だけが取り残された。島には水と餌となる草が豊富だったところから馬たちは生き延びられると判断された。
 最後の漁師が島を出たのは1971年で、その後、馬たちは交配や出産も自然の成り行きにまかされて生き延びていき、いつしか島は「馬の楽園」と呼ばれるようになったという。
 ただ、多いときには30頭も生息していたのに、牡馬がいなくなると世代の交代もなくなり、2006年には牝馬だけ14頭、2011年には12頭と減っていった。
 岡田がユルリ島野生馬の生息を撮り始めたのは2011年で、根室市からの委託だった。根室市としては無人島の生態系の観察が目的だったのであろう。
 岡田敦は、1979年北海道まれ。2008年には写真界の芥川賞と呼ばれる木村伊兵衛写真賞を受賞するなど気鋭の写真家として知られる。
 しかし、撮影は困難ではなかったかと作品を見て容易に察せられる。厳寒の中での撮影のみならず、おそらく無人島で野営もしたのではなかったか。
 会場には約20点の写真が展示されていた。吹雪を避けようと寄り添う馬たち。年老いた馬が多いようだ。白い鬣(たてがみ)が厳しさを物語る。馬の睫毛はこんなにも長かったのかと思う。あるいは吹雪から目を守るために伸びたものかも知れない。
 屍ももちろん放置されている。自然の摂理とは言え無残な姿だ。
 草原に白い花が咲き、白と黒の縞模様の灯台が建っている風景がある。
 しかし、写っている馬は、あるときは9頭だったのに、7頭になり5頭になっている。
 岡田によれば、2017年には3頭にまで減ったという。
 島は野生馬の生息地であると同時に、貴重な植物の生育地でもあるのだが、馬がいなくなれば、馬の餌となるイネ科の植物などで島は覆われ、希少な植物が追いやられ、植生が変わっていてしまう。
 岡田の写真は、ユルリ島の野生馬を一切の修飾を省いて写し出しているが、それだけに生き残っている馬たちの末路を思うと残酷でもある。そう感じられて印象深かった。ユルリ島の野生馬についてはかねて関心があって、その様子が具体的に見られて得がたい体験だった。

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(写真2 岡田の作品=会場で配布されていたパンフレットから引用)