ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

レイフ・GW・ペーション『許されざる者』

f:id:shashosha70:20180515162644j:plain

スウェーデンミステリの傑作
 国家犯罪捜査局の元長官ラーシュ・マッティン・ヨハンソンは、外出中、脳塞栓で倒れ、カロリンスカ医科大学病院に搬送され入院していた。
 入院中、リハビリに励んでいたところ、主治医のウルリカ・スティエンホルムから意外な話がもたらされた。
 今は亡くなったウルリカの父は牧師だったのだが、生前、信者が懺悔の際にヤスミン・エメルガン殺しの犯人を知っているという告解があったというのだ。牧師には守秘義務があり黙っていたのだが、死ぬ間際ウルリカに告白したというのだ。父は秘密を抱えて苦しんでいたとも。
 ヤスミン・エルメガン事件とは、9歳の少女が強姦されて絞殺されたもので、事件の発生は1985年6月14日、ウルリカがヨハンソンにことの顛末を話した2010年7月14日は事件発生からすでに25年と23日が経過していた。スウェーデンではこの年の7月1日に殺人などの凶悪事件の時効を廃止する法律が施行されたばかりだったが、7月1日以前に時効を迎えていた事件については適用されないこととなっていた。
 ヨハンソンは、かつては辣腕の刑事として同僚や部下からも畏怖される存在で、現役時代には「角の向こう側を見通せる男」とか「歩く凶悪犯罪辞典」とか言われてきたほどだった。
 しかし、ヨハンソンにはこの事件に関する記憶がまったくなかった。これほどの凶悪事件だったというのに。それは、事故の後遺症で記憶が途切れるようになったからなのか、ヨハンソンは不安にさいなまされる。しかも、ヨハンソンは右手が不自由になっていた。
 ヨハンソンは、ともかくウルリカに父親の遺品の中からヤスミン・エメルガン事件の資料を探し出すよう依頼する。一方で、ヨハンソンは親友でかつて同僚だったボー・ヤーネブリングに連絡する。
 ヤーネブリングも引退して年金生活を送っていたのだが、駆けつけたヤーネブリングにヤスミン・エメルガン事件について尋ねると、何とヤーネブリングは25年前のこの事件の担当だったという。そしてヤーネブリングはヨハンソンが事件について知らなかったことについて、当時、ヨハンソンは国家警察委員会に出ていて具体的な事件については見ていなかったはずだと指摘する。
 ヤーネブリングから事件の詳細を問いただしたヨハンソンは、病室に居ながら事件の真相を明らかにしようと目論む。ヤーネブリングにしても未解決事件に再び取り組めることに否やはなかった。
 ヨハンソンの〝捜査〟は徹底した検証だ。残されている資料を精査し、証言を吟味し何事もないがしろにしない。矛盾点を一つひとつつぶしていく。現役時代の捜査が彷彿とされた。
 それにしても、迷宮入りとなっている25年前の未解決事件の真相を今さら明らかにできるのか。そして、事件を解明できたとして、時効になっている犯人をどうやって断罪できるのか。
 膨大な傍証を読者に提供しながら事件の真相に迫っていくこの物語は、謎解きの面白さとともに社会的命題をも我々に突きつけていく。
 ペーションの小説が日本語に翻訳されて出版されたのは本作が初めて。当然私も初めて読んだが、大変重厚な作品で感心した。なお、解説によれば、ペーションはストックホルム大学で犯罪学の教鞭をとったり、国家警察委員会で働いてこともあったらしく、全編にわたる捜査のリアリティはそういう経験がもたらしたものであろう。
 ここのところ北欧ミステリーが元気で、次々と面白い作品が日本でも紹介されているが、それには翻訳家の活躍も見逃せない。それも原語からの直接の訳出が特徴で、マルティンベックシリーズを手がけている柳沢由実子や、本書を翻訳した久山葉子などと現地在住の翻訳家たちの作品は、やはり実在感があって読むに滑らかさがあるように思われる。
(創元推理文庫)