ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

池澤夏樹『のりものづくし』

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市電で行けるところまで行く流儀
 いやはや書名そのものである。旅好きのこと、乗り物も好きだろうなとは想像はついていたが、およそあらゆる乗り物に乗っている。本書はその体験に基づいて書いたエッセイ集。
 鉄道や自動車はもとより、エレベーター、フェリー、熱気球、橇、自転車、馬、ヤギ、カヤックなどとあり、DC-3にまで乗っている。
 児戯に類することが多そうだが、そこは池澤のこと、理知的で達意の文章であり、いつしか文明論、文化論になっていて面白くも感服させられる。
 インドで列車に乗った経験から。「十九世紀にイギリス人が世界中の植民地に持ち込んだのは汽車とお茶だった。カナダにも、インドにも、マレー半島にも、オーストラリアにも、ケニヤにも、彼らはまず鉄道を敷いた」とし、行く先々で彼らの文化に接していて、「その典型が鉄道の旅とモーニング・ティーだった。もう一つ付け加えれば、植物園。これが十九世紀イギリス文化の三点セット」としている。何としゃれていることか。
 ボンベイ(現在のムンバイ)の駅で乗るべき車両が見当たらなくて慌てたというようなことも書いてあり、乗った列車ではボーイが明朝のモーニング・ティーは何時にいたしましょう?と注文を取りにきたとし、「ああ、なんとイギリス的な!」と感動している。
  四通八達しているチューリッヒの市電については、一日乗車券を買って「来た電車に乗って行けるところまで行き、そこで乗り換えてまた別の方向に行き………というのを繰り返した」とし、「これでチューリッヒの町の地理がよくわかった」としながら、「うっかりするとこのあたりを見ただけでチューリッヒという町を見たつもりになるが、でもそれだけではないのだ」として、「ある路線に乗ってしばらく行くと、明らかにトルコ人の多い地区に出た。ヨーロッパでもドイツ語圏にはトルコからの移民や出稼ぎの人が多い」と続けている。
 実は私も訪れた町に路面電車があれば、行けるところまで乗ってまた次ぎに乗るというのを繰り返すのが好きで、アムステルダムなどあちこちでやってきたが、これは路面電車のない都市ではバスでも楽しいもので、その場合、路面電車よりもバスは行き先に不安は残るが、行き止まって終点で戻らないバスはないわけで、時間を気にしなければこれほど町を知る上で貴重な経験はない。
(中公文庫)