ABABA’s ノート

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展覧会「1968年」無数の問いの噴出の時代

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(写真1 会場入口の看板。何やら大学で見かけるタテカンに似ている)
歴史になったか学生運動
 千葉県佐倉市の国立歴史博物館で開催されている。
 1968年に象徴的に集約されるように1960年代後半のベトナム反戦運動や全共闘運動に焦点を当て歴史としてとらえようと企画されたもので興味深い展覧会だった。特に社会運動の当事者ではなく、国立の博物館が取り上げたところに注目された。
 順路に従って進んでいくと、ベトナム反戦運動、三里塚闘争、熊本水俣病闘争、全共闘運動などとあり、会場にはベトナム反戦運動をリードしたベ平連の旗や、学生運動の象徴としてのヘルメットから関連する文献資料などが展示されていた。
 1966年の10.21反戦ストに対しサルトルから寄せられたメッセージが掲示されていたし、ベトナム反戦のコーナーでは、すなわち沖縄にとっては反基地闘争だとする基調にあり、5.15沖縄返還に向けて「沈黙は罪」とのポスターが掲示されていた。
 1960~1970年代の三里塚闘争のコーナーでは「日本農民の名において収容を拒む」との決意が表明されていたし、熊本水俣病闘争の場面では「怨」の文字が黒地に白抜きされた幟が生々しかった。
 学生運動に関しては、当時、全国116の大学で紛争が起きたとし、全国の大学で組織化された全学共闘会議(いわゆる全共闘)が1969年9月の全国全共闘連合結成へと向かい、次第に全共闘運動へと集約されていったと解説されていた。
 この中で注目されたのは記録映画『圧殺の森』の上映だった。小川伸介プロが1965年4月高崎経済大学の激しい学園紛争を描いたもので、歴史を証言する第一級の記録映画ではないかと思われた。
 展覧会を見終わって、確かにそれぞれの運動に関わる資料は展示されているのだが、運動の意義やその後の社会への影響などについての評価が弱く、結局、問いかけること自体に意義があったのだったと思われた。つまり、その問いは一人ひとりに突きつけられているのだろうと考えると何か苦いものだったし、運動から50年も経ってついに歴史になってしまったのかという感慨がないわけでもなかった。あの頃はこうだったと懐古することが何よりも嫌いなのに。
 また、会場入口に立てられていた看板が、何やら大学で見かけるタテカンに似せてあって、学生運動を象徴するというよりも学生運動そのものが茶化されたようで苦々しかった。