ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

境線で行く地蔵崎と美保関灯台

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(写真1 美保関灯台。手前の建物が現在はビュッフェになっているかつての吏員退息所)
島根半島 岬と灯台巡り②
 島根半島の西端にある出雲日御碕灯台を見学した翌日は半島東端に位置する地蔵崎の美保関灯台を訪ねた。
 岬への起点は米子駅。山陰本線の主要駅であり、伯備線の列車もここが発着。岬へはここを起点とする境線でまずは境港駅を目指す。境線は0番線が通常は使用番線だが、乗ろうとしている列車に限り4番線からの発車。鳥取始発だからで面白い運用だ。4両と長い編成だったから0番線は使えなかったのかもしれない。もっとも、同じボックス席になった高校生は倉吉から乗ってきたと言っていたから通しの利用者もいるのである。
 10月2日月曜日。7時50分の発車。境港行き。ディーゼルカーである。通学中の高校生や通勤者で満席。しばらく乗降を繰り返し立っている人たちも少なくない。女生徒はセーターやカーディガンを着ているものが多いし、男子生徒もジャケットを着用している。もう衣替えがあったのであろう。
 列車は弓ヶ浜半島を北上している。この半島は中海を左に、右は日本海(美保湾)に面した細長い半島で、全長は約17キロ、幅も約4キロしかない。全体が砂嘴なようで、そのせいか高い山がまったく見えず標高は低い。半島は島根半島に突き当たるように伸びている。
 細長い半島を走っているのに車窓左右いずれにも海が見えてこない。これは意外。途中に米子空港駅があった。全線17.9キロに駅数は16と多い。だから駅間距離が短く頻繁に停車する。駅間距離が1キロに満たない区間が6箇所もある。海も見えないしやや退屈な路線である。
 その退屈を紛らわし面白いのは駅名の愛称。漫画家の水木しげるが境港の出身だから『ゲゲゲの鬼太郎』の登場キャラクターが愛称に使われていて、駅名標のほかに、ホームには愛称の漫画が描かれた看板が立っている。米子駅は「ねずみ男」といった具合である。
 そうこうして終点境港8時39分着。愛称は「鬼太郎」である。この町では世界妖怪会議なるものまで開催されているらしい。
 境港駅が近づくにつれ山峡が迫ってきていたが、行き止まりの終着駅の改札口から通りに出ると、眼前が境水道である。満々と水をたたえた大河のようにも見えるが、中海と日本海を結んでいる。対岸までわずか数百メートルであろう。なかなか位置づけが難しいが、中海が汽水域であるため海峡とは呼ばないようである。
 この水道が鳥取、島根両県の県境で、手前境港側は日本海で名だたる漁港であり、貿易港であり、工業港でもある。こうした施設が水道に面しずらり並んでいる。全長は8キロにも及んでいる。
 さて、境港からはレンタカーを利用した。すぐに境水道大橋を渡った。鋼材がふんだんに使われた立派なトラス橋である。この大橋の中央径間は240メートルとあったからこれがほぼ境水道の幅ということであろう。
 大橋を渡って島根県側に入るともう島根半島である。海岸沿いの道を進むと10分ほどで美保関の漁港に出た。帰途立ち寄ったのだが、ここには美保神社があり、その脇には緑の石畳が敷かれた美しい小道があってとても風情のあるものだった。

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(写真2 展望台から見た地蔵崎と美保関灯台)
 このあたりはすでに地蔵崎の付け根にあたっていて、すぐに登り坂となりほどなくして美保関灯台に到着した。駐車場から緩やかな坂を登っていくとすぐに展望台があり、地蔵崎の突端にある美保関灯台が見渡せた。
 背は高くなくややずんぐりしているが白い石造の美しい灯台だ。灯台守の官舎だったかつての吏員退息所も現存しビュッフェとして活用されておりとても風情がある。岬好き灯台ファンならずとも一級の観光資源ではないか。世界灯台100選および日本の灯台50選に選ばれている。
 この日は生憎と雨だったのだが、見晴らしのいいことはわかる。ただ、残念だったことは隠岐の島が見えなかったこと。説明板によれば、島前は50数キロ沖合らしい。
 そう言えば、私はこの灯台を訪ねたのは3度目だが、そのすべてが雨だった。特に4年前の2013年9月7日に訪れたときは大嵐だった。
 この灯台の素晴らしさはいくつもあるのだが、その一つが灯台全体の佇まいであろうか。灯台そのもののほか吏員退息所も残っている。そういうことでか、灯台としては初めて国の登録有形文化財に指定されている。吏員退息所そのものは全国の灯台で幾つか見ることができるが、公開されていてもその大半は灯台資料館となっている場合が多く、ビュッフェというのは珍しい。

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(写真3 日本海に向けて大きく張り出した灯台ビュッフェの窓)
 ビュッフェに入ると、海に向けてガラス窓が大きく張り出している。見事な眺望で、晴れていればコーヒーなど飲みながらいつまでも思いにふけっていたくなるようだった。おそらく時間の経つのも忘れてしまうのではないか。
 館内には、初代のものだというレンズが展示してあった。明治31年の初点灯で、当時は地蔵崎灯台と称していて、大きさは内径1.84メートル、高さ2.59メートル、フランスバビエル社の製作といったようなことが解説してあった。なるほど、岬名と灯台名が違っていたのは近年のことで、当初は一致していたわけだ。
 灯台の位置はかなり高い。灯火標高が82.91メートルということからも察しが付く。ちなみに灯高は14.00メートルである。灯質は単閃白光、46万カンデラ、光達距離が23.5海里(約43.5キロ)となっていた。位置は北緯35度33分51秒、東経133度19分41秒である。
 雨だったから、岬周辺を歩きまわることははばかられたので詳しいことはわからなかったが、地蔵埼の突端そのものはさほど大きくも鋭くもなさそうだった。
 いずれにしても、島根半島には西端の出雲日御碕灯台、東端に地蔵崎美保関灯台と魅力的な灯台が構えてあるものだと感じ入った次第だった。しかも、その二つともに、日本に5つしかない世界灯台100選に入っているのである。

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(写真4 海側から見た灯台と灯台ビュッフェの建物)