ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

R・D・ウィングフィールド『フロスト始末』

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愛すべきフロストはどこへ?
 ロンドンから70マイル、イギリス北西部の地方都市デントン署のフロスト警部を主人公とする人気シリーズ。相変わらず次から次へと難事件が持ち上がりフロストが右往左往する抱腹絶倒の物語である。
 常連のデントン署の面々が個性豊か。署長のマレット警視。自己保身に長けた官僚タイプ。ここにスキナー主任警部が転勤してくる。出世欲が強く、手柄は横取り、責任は押しつける。二人は共同戦線を張って気にくわないフロストをデントン署から追い出すことを画策する。
 ほかに署員の〝芋にいちゃん〟モーガン刑事、受付に陣取る内勤のウエルズ巡査部長らの面々。新たに婦人警官のケイト・ホールビー刑事が加わっている。
 デントン・ウッドの森で切断された足が発見された。立体駐車場で15歳の少女が強姦された。2歳の男の子が行方不明になる。<スーパーセイヴズ>から商品に毒を仕込んだという脅迫の手紙が届いたとの通報が入った。
 フロストは、土砂降りの深夜デントン・ウッドの森に行き、デントン総合病院で少女の事情聴取を行い、男の子の母親からいきさつを聴き、スーパに出向く。同時進行的に発生するこうした事件にフロストはいちいち対応する。何しろデントン署は慢性的な人手不足で何もかもがフロストにかぶってくるのだった。
 否応なくではあるが一人で抱え込んでしまって一つの事件に集中できないから、折角ひらめいたことも忘れてしまうし、大ポカも多くなる。
 よれよれのコートに黄ばんだマフラーと身なりはむさ苦しいし、事務的なことは後回しにして言いつけを守らないからマレットやスキナーの受けは決定的に悪い。しかし、仕事熱心だし、部下思いで責任を押しつけないから部下の受けはいい。
 デントンのことを熟知している。犯罪を憎み犯人を憎むが、被害者には寄り添う。警察の権力を笠には着ないから、娼婦たちにすら親しまれ信頼されている。新米の女性刑事ケイトに対しスキナーはことごとく辛く当たるが、いつでも救うのはフロストだ。
 また、フロストはジョージ十字勲章の受勲者という一面も持つ。ジョージ十字勲章とは人命救助など勇敢な働きをした民間人に与えられるもので、英国において軍人に与えられるヴィクトリア十字勲章に次ぐ最上位の勲章で、受勲者は国民の尊敬を集める。なお、この叙勲によってフロストは警部に昇格したが、フロスト自身は必ずしも望んでいなかったことが本作で明らかになっている。
 私がフロストシリーズを読んだのは本作で長短編合わせ7作目(おそらく日本で翻訳されたのはこれで全部だと思う)だが、本作の特徴はフロストの真情が吐露されていたところだろうか。
 例えば、妻のことについて。多少長くなるが引いてみよう。「(若かった)あのころは互いに相手に夢中だった。なのに、どこかで道を違えてしまったのだ。しまいにはただ刺々しいだけの関係になって、あいつは夫になった男に憎しみを募らせながら死んでいった。どこでつまずいたのか、どうしてそんなことになってしまったのか、考えたところでわかるわけがなかった。詰まるところ、このおれのせいだろう、とフロストは思った。何をさせても、まともにやりこなすことのできない男だから」と自責の念に駆られている。このあたりは作者の心情がフロストにのせてあるのかもしれない。
 ミステリーとして読んだ場合、多くの事件が同時多発するのはフロストならずとも要注意である。事件のつながりを追い切れなくなるからで、フロストもそうだが読んでいる我々も折角張られた伏線を見失ってしまったりしてしまう恐れがある。
 本作はフロストシリーズの最終作だということである。作者のウィングフィールドが死亡したからで、しかも死後の刊行となっており遺作となった。ただ、本作を読んで、今までと勢いが違っていて、どこかセンチメンタルになっていて、がんで亡くなったというからあるいは覚悟があったのかも知れない。
 初めてフロストシリーズが本邦で紹介されてもう20年以上にもなるか。第1作は『クリスマスのフロスト』だった。以後、長編としては『フロスト日和』『夜のフロスト』『フロスト気質』『冬のフロスト』と好んで読んできた。
 上梓されるたびにミステリ投票の上位にランクされるのに、ウィングフィールドは寡作だったようだ。好きなシリーズが作者の死によって途絶えるというのはさびしいものだ。
 ところで、下品で駄洒落連発のフロストだが、うっかり見逃してならないのは、その駄洒落がシェークスピアや歴史上の逸話から引用されていることで、実は教養の深いフロストの側面を豊かにしていることだ。このあたりはいかにもイギリスの小説という様子でとても好ましいものだった。最後だがこのことは指摘しておこう。
芹沢恵訳。
(創元推理文庫上・下)