ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

荒川区に吉村昭記念文学館

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(写真1 再現された書斎の様子)
ゆいの森あらかわ内
 先日、このブログABABA'sノートに三陸鉄道北リアス線島越駅の吉村文庫について書いたら、友人から荒川区にこんなのがあるよと言って吉村昭記念文学館を紹介された。
 吉村は荒川区の生まれで空襲で家が焼失するまでの18年間を過ごしたという。文学館は、東京都荒川区荒川二丁目にあり、都電荒川線の荒川二丁目停留所が最寄りで、徒歩1分。ゆいの森あらかわという荒川区立中央図書館の立派な建物の中にあった。

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(写真2 文学館の入口)
 文学館は、図書館の2階3階の一角を占有して設けられてあった。2階から順路がスタートしていて、吉村の生い立ちから文学の原点や小説家への道へと進み、吉村文学の大きなジャンルである戦史小説の世界や歴史小説の世界などと展開されていた。
 自筆原稿が展示されていたが、実に几帳面な字だった。また、学習院の先輩である三島由紀夫の影響を受けたと紹介され、作品については、太宰治賞を受賞した『星への旅』が初期作品の到達点だったと紹介されていた。
 興味深かったのは吉村の書斎が再現されたコーナー。特製であろう、3メートルもありそうな横長の机がでんと据え付けられてあった。机の上には、原稿用紙と、愛用していたものであろう万年筆が2本、ペン皿にあった。また、机上には国語辞典がさっきまで使われていたもののように置かれていた。この辞典は『新潮国語辞典』で、現代語と古語が収められているのが特徴。4段組だから文字の小さいのが難点で、吉村は気にしなかったのだろうか。
 また、机の隣には整理棚が組まれていたほか、ぐるり書棚で埋め尽くされていた。蔵書には、『水沢市史』や『一関市史』といった執筆の資料に使ったものであろう書籍が目立って多くあった。
 順路は3階へと文学館内の専用階段で伸びていて、吉村の世界のほか、夫人で作家の津村節子に関連する紹介もあった。このコーナーには、作家という職業の夫婦が同じ家にいて仕事ができているのは、「お互いにお互いの作品を読まないことで成り立っている」というふうな津村の言葉が紹介されていて面白かった。
 また、3階には企画展示室もあって、ここでは「映像化された吉村作品の世界」と題する吉村記念文学館開館記念企画展が行われていて、ミニ上映会も毎日実施されていた。
 ところで、ここゆいの森あらかわは、今年の3月に開館したのだそうで、吉村昭記念文学館も同時に開館したもののようだ。荒川区にはいくつかの図書館があるようだが、ここは中央図書館のような存在のようだ。
 とにかくびっくりするほどに立派な図書館だった。それも、規模の大きいこともさることながら、利用者の使い勝手を徹底的に追求した内容になっていることに驚いた。
 1階は、幼児から子ども向けの図書や設備があって、子ども連れの母親の姿が多く見られた。読み聞かせなどが行われていたし、絵本の多いことにもびっくりしたし、ロビーでは昼食を採っている親子連れもいて感心した。
 2階から5階までも様々な工夫が凝らされていて、とにかく幼児から高齢者に至るまですべての年代層に快適に活用されるよう配慮されていた。レファレンスも充実していて、調べもの支援カウンターなどというものまであった。
 また、注目されたのは座席の多いこと。館内あちこちにテーブルや椅子などが様々な意匠のもと配置されていて、その数は何と800席。
 蔵書60万冊も立派なものだが、とにかく図書館で暮らしたいと思わせるような工夫があって時間の経つのも忘れるような図書館だった。

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(写真3 展示の模様)