ABABA’s ノート

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今野敏『自覚』

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隠蔽捜査5.5
 隠蔽捜査シリーズ短編集の第2弾。シリーズは長編5作まで進んでいるが、3作目の後に短編集第1弾が隠蔽捜査3.5として割り込んでいて、本作は5作目の後を受けたもの。なかなか面白いシリーズナンバーの振り方だ。
 主人公はキャリア警察官竜崎伸也。東大法卒で警視長という身分。ただ、現在は警視庁大森署の署長であり、本来は警視長という高位の警察官が就く職位ではないが飛ばされてきた。
 竜崎は、合理主義で原理原則を第一義にする官僚タイプ。隠蔽を嫌い、権力にも媚びることなく上にも下にも厳正を貫くから煙たがられている。ただ、情に流されるようなところはまったくないが、下した判断は的確で信頼が高く、周囲にも支持者が増えている。竜崎はいっこうに頓着しないが、このあたりがこのシリーズが人気を保っている要因でもあろう。
 さて本作。7編の短編が収録されている。本作の特徴は、これまで竜崎を取りまいてきた周囲の人物たちが主人公となりその視点で書かれていること。彼らの独白、竜崎を見る目、彼らにまつわるエピソードが面白い。しかも、竜崎が彼らの難問解決にヒントを与え、危機を救ってくれるから気持ちがいい。
 登場するのは、貝沼悦郎副署長、関本良治刑事課長、久米政男地域課長、小松茂強行犯係長ら大森署の面々に加え、日頃衝突することの多い大森署を管轄する第二方面本部の野間崎政嗣管理官も出てきて多彩。
 第1話「漏洩」。管内で発生した連続婦女暴行未遂事件が東日新聞に抜かれた。マスコミ対策の役目を担う貝沼副署長にとっても寝耳に水のことだった。
 関本刑事課長を呼んで問いただすと、どこから漏れたのかといぶかしげで、しかも「誤認逮捕かもしれません」という。
 管内では、強制わいせつ・強姦未遂事件が連続していて警戒を強めていたところ、女性の悲鳴が聞こえて警ら中の地域課係員がかけつけ、若い女性が路上で男性に腕をつかまれているのを目撃しその場で逮捕したというもの。
 いわゆる現行犯逮捕だが、被疑者は一貫して容疑を否認しているといい、話の辻褄は合っており、誤認逮捕の可能性も出てきたというわけだ。
 情報漏洩に加え誤認逮捕となれば言語道断、抜かれた各紙は警察の責任を追及しにかかるだろう。ただ、貝沼が恐れているのは記者たちへの対処よりも、一番恐れているのは竜崎署長を怒らせることだった。
 「竜崎は、声高に部下を叱り付けるようなことはしない。部下に責任を押しつけたりもしない。それが逆に恐ろしいと、貝沼は感じるのだ」。
 被害者の女性は、いきなり路地から男が現れたので、驚いて声を上げたのだといい、容疑者の男も相変わらず容疑を否定しているという状況。
 貝沼は熟慮の結果、竜崎署長に報告をあげることを決意する。これまでは、情報を漏らしたものは誰か、容疑者が容疑を認め、被害者が暴行を訴えるなど状況がはっきりするまで伏せていたのだったが、貝沼は最悪の選択をしてしまったのではないかと不安に駆られてきていた。
 貝沼副署長らの報告を受け、さらに捜査に当たった刑事課員らから事情を聞いた竜崎署長が下した結論とは何だったのか……。誰もがストンと納得する内容だった。
 相変わらず情感たっぷりの警察小説だ。
(新潮文庫)