ノーベル賞作家の短編集
アリス・マンローは現代カナダの作家。2013年ノーベル文学賞を受賞している。
短篇の名手として知られ、本作も短編集で、8編が収録されている。
1編目から順に読んでいってわかったのだが、2編目から4編目までの3編はジュリエットを主人公にその生涯を描いた連作短篇になっていた。短編集の場合拾い読みすることがままあるからこれは少々面食らった。なお、原作の書名は1編目の「家出」がそのまま使われていて、本書のタイトルは全体から勘案して付された邦訳版独自のものである。
それはともかく、ジュリエットもの連作1編目の「チャンス」で、ジュリエットはある男からの手紙を受け取る。手紙の宛名は姓のみで名前もないような乱暴なものだったが、そこには「よく君のことを考えます」としたためてあった。
男とは6ヶ月前、東から西へと移動する列車の中で話をするようになり、二人は簡単な身の上話を紹介しあったのだった。
ジュリエットはギリシャ語とラテン語を専攻する21歳の院生で、修士から博士課程を目指していたが、途中、女学校で代用教員をすることになり、その任地への移動中だったのだ。
また、男は、バンクーバーの北にあるホエールベイというところに住んでいて、漁師だといい、妻は交通事故に遭い、麻痺状態の生活だという。
手紙を受け取ったジュリエットがホエールベイを訪ねると、ちょうど妻が亡くなったところで、男、エリックは留守だった。
2編目の「すぐに」では、ジュリエットは13ヶ月になる娘ペネロベを連れて今も両親が暮らしている故郷を訪ねる。娘はエリックとの間に生まれた子で、ジュリエットの両親は、ジュリエットが結婚しているのかどうか気にするが、ジュリエットは「そんなことどうでもいいことよ」と言って取り合わない。
家には、アイリーンという、ジュリエットと同年代の女が手伝いに通っていて、ジュリエットにはもはや自分の居場所がないように思われた。
3編目の「沈黙」では、ジュリエットは20歳になった娘ペネロベに会いにやってきた。娘からの手紙の呼びかけでやってきたのだったが、娘はすでにいないという。
差し出したのは、スピリチュアル・バランスという特殊な施設のようなところのようで、娘の行き先は教えられないのだという。
以来、ペネロベからの音信は途絶えている。時折、ペネロベが二人の子供を連れていたなどと教えてくれる人もいたが、ペネロベに会うこともなくジュリエットの人生は老いていく。
よほど集中して読み進めないとストーリーを追い切れない。前置きなく唐突に話が転ぶし、昔に遡ったりする。
物語は些細なエピソードの積み重ねで、しかし、これはマンロー独特の手法のようで、これが短篇なのに深い味わいと余韻を読者にもたらしてくれる。微細な描写が多くて、心理や感情をも言葉で表そうとしているようだ。
ストーリーの運びとは関係なくいくつか拾ってみよう。
「この用心深さは、根深くて意図的なものに思われた」「いつもの戦略的な満面の笑みを浮かべて言った」「無関心だがけっして妥協しない、猫のような態度だ」「底意地の悪さの刃先を震わせて、弱々しく含み笑いしながら」などとあって、とにかく文章がデリケートで、煎った豆を一粒一粒口に運ぶように味わうことがいいようだ。
(新潮クレスト・ブックス)