ABABA’s ノート

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映画『聖の青春』

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(写真1 映画館で配布されていたパンフレットから引用)
壮絶な人生を演じきる
 森義隆監督作品。
 主演した怪童村山聖の松山ケンイチと天才羽生善治を演じた東出昌大が断然いい。これほど役に打ち込んだ俳優を知らない。とにかく熱演である。
 特に松山は村山になりきるために体重を数十キロも増やしたらしく、肥満だった村山の風貌がすっかり出ていた。また、東出も怜悧な羽生を鋭く演じていて、メガネそのものも、メガネのかけ方もまるで羽生その人かと錯覚したほどだった。
 おそらく両人は原作を徹底的に読み込んだものと思われ、将棋そのものについても演技指導以上の修得に勤めたものと思われた。原作は大崎善生の同名小説。
 村山は子供の頃にネフローゼで長期の入院生活を余儀なくされる。父親が何種類か買ってきたゲームの中から村山が選んだのが将棋だった。
 こうして将棋との人生が始まり、14歳でプロ棋士を目指し入門する。しかし、村山の闘いは病との闘いでもあった。村山はなぜ将棋の道を選んだのかと問われ、体が弱いので将棋をするしかなかった、と答えている。
 村山の目標はただ一点、羽生を倒して名人になること。村山は羽生とは同年代だが、羽生はこの頃すでに前人未踏の七冠を達成し全盛時代となっていた。時間のない村山は上京するが、膀胱がんにかかってしまう。
 何度か出てくる村山と羽生の対局の場面が素晴らしい。緊迫した場面の連続で、両者ともにする鋭い目つきですごい形相だ。盤上火花散るとはこのことかと思われ、劇中で村山が「殺し合い」といった言葉が真に迫ってくる。
 7段となった村山は竜王戦で羽生とまみえることができたが負ける。村山は悔しさのあまりか感想戦を断ってしまう。勝負上のこととはいえ下位の者が上位の者に対しこれは明らかに礼に失することだったが。以後羽生との死闘が続き、一時は6勝5敗と勝ち越す。全盛期の羽生にである。
 ある対局後、村山は羽生に尋ねる。なぜ将棋をやるのかと。すると、羽生は、負けたくない、あなたに負けたことは死にたくなるほど悔しかった、と答える。その対局は村山が羽生を破ったのだったのだが。羽生の将棋観、あるいは羽生が村山を同世代の好敵手と見なしていたということもできるし、また、勝負師とはそういうものなのだろう。
 壮絶な人生。病と闘いながら将棋にかけた29年の短い人生だった。1998年8月8日逝去。羽生に落手で落とした将棋から数ヶ月後のことだった。結局、羽生との対局は村山の6勝8敗(うち不戦敗1)だった。
 原作が出たのはもう16年ほどにもなるだろうか。大崎善生のデビュー作で、ノンフィクションだったのだが、これほど泣かされた物語も少ないものだった。しかし、このたびの映画はさほど泣かなかった。それよりも松山ケンイチと東出昌大の演技に圧倒的なリアリティを感じていた。