ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

村上春樹編訳『恋しくて』

f:id:shashosha70:20161015134933j:plain

ラブストーリー短篇のアンソロジー
 村上春樹が選び翻訳した世界のラブストーリー短篇9編と村上自身の書き下ろし短編1編が収録されている。
 村上は、小説家であると同時に翻訳家としても大活躍。村上が選ぶくらいだから外れはないだろうという安心感もあるのだろうが、村上の翻訳作品はよく売れているようだ。
 面白いのは編集の趣向。それぞれの作品ごとに村上の査定による恋愛の甘苦度が★の数で示されているのだ。つまり、その小説のテイストがわかるという具合。また、作品の末尾に村上のコメントが付されているのも楽しい。
  ただ、この甘苦度は個人の感触が大きいようで、甘味で村上が全作品中最も多い★4つを付けた「甘い夢を」は私にしてみれば何ということもなかったし、苦味でも村上が★4つととした「薄暗い運命」にしたってさほどのこともなかった。それに、この「薄暗い運命」は何しろ文庫4ページに満たない分量のもの、甘さも苦さも感じないうちに終わったというのが実感だった。
 面白かったのは村上自身の作になる「恋するザムザ」という作品。村上は、小説家がアンソロジーを編むと、収録すべき作品の数が足りなくても「ええい、面倒だ。自分で書いちまえ」という裏技があるので楽だと書いているのも愉快だ。
 それはともかく、ザムザと言えば、言わずと知れたカフカの『変身』を想起する。実際、村上は『変身』の主人公グレゴール・ザムザをその名のままで登場させている。
 しかも、『変身』はザムザは目覚めたら毒虫になっていたという物語だったが、村上は「目を覚ましたとき、自分がベッドの上でグレゴール・ザムザに変身していることを彼は発見した。」と1行目を書き出し引き継いでいる。
 これは、村上自身が解説しているように『変身』の後日譚のような設定だが、しかし、この「恋するザムザ」はミステリー味もあってとにかく面白い。ザムザが恋した相手は誰だったのか。と言っても、登場人物はザムザも含めてたったの二人しかいないのだが、そんなことは気にさせない。しかも、舞台背景が戦車が蹂躙するプラハの街という洒落ようだ。
 なお、村上は自身の作品にも恋愛甘苦度の自己採点を行っていて、甘味★3つ、苦味★2つとあるが、私としては甘味★4つ、苦味★4つでもよかったように思われた。
(中公文庫)