ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

R・リーバス&S・ホフマン『偽りの書簡』

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高尚なスペインのミステリー
 スペインのミステリーである。共著だが、リーバスがスペイン人。そのことはさておき、スペインのミステリーと言えば、近年なら『風の影』などのカルロス・ルイス・サフォンをすぐに思い浮かべるが、両者は随分と趣が違う。共通は、共に本や文章が重要な役割を担っていることか。
 舞台はバルセロナ。時代は1950年代。内戦にけりがつき、第二次世界大戦も終わり、フランコ独裁政権下にある。
 上流階級の未亡人マリオナ・ソブレローナが自宅で扼殺されているのが発見された。
 捜査には、バルセロナ検事局検事長ホアキン・グラウの命令によりバルセロナ犯罪捜査局刑事のイシドロ・カストロ捜査官があたった。
 また、グラウ検事長の指示により、報道は『ラ・バングアルディア』紙の独占取材となり、若手女性記者のアナ・マルティ・ノゲーが指名された。アナはそれまで社交欄担当だったのだが、エース記者カルロス・ベルダが病欠のため抜擢されたのだ。
 捜査は遅々として進まず、カストロは居直り強盗の線で強引にまとめようとしていたが、アナはマリオナの社交仲間の噂から、「たぶんマリオナは恋していたんです」とカストロに告げる。
 一笑に付したカストロだったが、アナはマリオナが受け取った手紙から男の存在を確信する。
 そこで、アナは手紙からさらに何が読み取れるか、はとこの言語学者ベアトリズ・ノゲーに手紙の解析を依頼する。
 そうすると、ベアトリズは、手紙の書き手は「教養があり、読書家でもある。手紙はまさに引用のモザイクだわ。だからこそ、書き手について特定するのが難しい。ある意味、仮面をかぶっているようなものだから」と指摘する。
 登場人物の造型がとても面白い。とくにアナはいかにも新聞記者らしく怖いもの知らずで好奇心旺盛だし、ベアトリズは学者らしく沈着冷静にして分析力に長けている。何しろ、文章には指紋のごとき個別の価値があるのだというくらいである。この二人が事件を解決に導いていくという設定が新鮮だ。
 また、カストロはベテランの刑事。強面だが、アナに対し「お嬢さん、きみは博識だからわかるはずだが、警察の捜査は一本道じゃなく、いくつもの道が網の目のように絡まったものなんだ。これは方向が違うと判断する前に、全部進んで観なければならない」という確かな経験則を持っている。
 本書は文庫570ページの長編。これを冗漫とするか、豊穣とするかは好みの分かれるところだろう。謎解きをストレートに楽しむならやや退屈かもしれない。とくに前半は。
 しかし、フランコ独裁下のスペインとバルセロナの市民が時代背景とともに生き生きと描かれていると読んでいくと、興味津々の物語となっているのだった。
 しかも、物語の進展は、前半のまどろっこしさから一転、後半になるとスリルとサスペンスに富んだ展開となって次第にページをくくる手がもどかしくなっていく。
 また、ここで明かすわけにはいかないが、トリックが独創的だし、アナのチャンドラーかぶれなど静かなユーモアもあって、理知的で文学的香気を感じさせてくれた。
(創元推理文庫)