ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

真保裕一『ストロボ』

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 5編の短篇連作なのだが、この構成が面白くて、一人の男の人生の軌跡を50歳の時の第5章から22歳の頃の第1章へと遡行していくのである。
 主人公はカメラマンの喜多川光司(本名北川浩二)。
 第5章遺影-50歳。7人のスタッフを抱え名の知られる写真家となっている。
 母泰子の写真を撮ってもらいたいという依頼が電話で舞い込む。それも秘書も通さず喜多川への直接のたっての頼みだった。母は20年前に喜多川に写してもらったことがあると言っているらしい。喜多川にはまったく記憶がなかったのだが。
 その母は入院中だとのこと。遺影にすることを想定しているようだった。病室での撮影となった。撮影を進めていくうちに喜多川には通り一遍にないがしろに済まされないプロの意識が高まっていく。病室の日課を写していく。撮影は3ヶ月に及び、撮影した枚数は500枚を超した。次第に死の近づいていることがわかった。
 葬儀で「泰子が自らの遺影に選んだのは、髪が抜けて荒れた翌日に、初めてメッシュの帽子をかぶり、はにかむように娘を見た一瞬をとらえた一枚だった」。
 遺影と言えば私にも忘れ得ない思い出がある。インタビューの週刊連載をやっていたとき、記事に添える写真も自分で写していたのだが、相手から撮った写真を所望されることはしばしばだったのだが、この方は記事を見て「こんなに温和に写っている自分は初めてだ。遺影にしたいから1枚くれ」と言われたことがあった。その方はまだ60前だったのに。
 亡くなられたのはそれから11年も後のことだったのだが、葬儀に参列して遺影を見たときに涙が止まらなかった。あのときの写真が使われていたのだった。大変にお世話になった方だったのだが。
 自前のスタジオを構えるまでになった第4章暗室-42歳。脂ののりきった年代ではあったのだが、次第に売り上げ優先に走る自分にいらだっている。
 夜霧に濡れた路上でストロボ光で一瞬を狙われた第3章ストロボ-37歳。浮気の現場だったのだが、相手も自分も週刊誌に狙われるほどの著名人でもない。
 ロンドン取材で編集者と衝突する第2章一瞬-37歳。これより前、まだ本名の北川で仕事をしていた頃、「いついかなる状況でも、あなたが恥ずかしくないと信じる写真を撮ってもらいたいものね」と編集者から言われたことがあった。
 学校にも行かず下働きをしていた頃の第1章卒業写真-22歳。大学を出て肩書きだけはもらっておくか、1年でも早くプロを目指す実践を身に付けていくか迷っていた。
 プロのカメラマンが主人公だから、写真の技術、写真家としての心構えなど写真にまつわるエピソードが豊富で、このことがまずは面白い。
 そして、若い頃に持った志、目指したものがどのように変質したのか、まるでフィルムを巻き戻すように人生の軌跡を遡っていくのが面白かった。
 本書は2000年単行本刊行で、著者39歳の時。すでに1991年には江戸川乱歩賞を受賞しており、脂ののってきた頃の作品と言える。
 なかなか緻密な構成で、読んで瑕疵が見当たらない。また、本作は必ずしもミステリーではないのだが、一流のミステリー作家のこと、読んでいる本を置かせず最後まで読み切らせる力があった。もう一度今度は第1章から下るように読んでみたいと思ったものだった。
(文春文庫)