ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

盛岡へ

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(写真1=宮古から盛岡へと向かう山田線の振り替え輸送バスは国道106号線を走る。並行しているのは閉伊川)

盛岡。何と詩的な響きか

 宮古からは盛岡に向かった。ただ、山田線は宮古-盛岡間が途中区間で昨年12月の土砂崩れのため不通で、このため全線通しでの運転はなく、宮古駅では宮古から盛岡へ直通するならバスによる振り替え輸送を利用してくれとのことだった。
 国道106号線を走るバスは、途中、鉄道と並走し、あるいは閉伊川と並行している。盛岡まで所要時間はちょうど2時間。これは鉄道と同じ。ただ、バスは毎時1本以上の本数が出ているのに対し、鉄道では宮古から盛岡へ直通する列車は日に4本しかない。私は8時05分発に乗ったのだが、満席だった。この状況を見ると山田線の生き残りが心配になってきた。

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(写真2=盛岡市街中心を流れる中津川。まことに清流で、秋から冬にかけて北上川の河口から遡上してきた鮭の産卵が見られる。写真は中ノ橋上から)
 盛岡。何と詩的な響きか。石川啄木や宮澤賢治と縁が深いが、かつて南部家盛岡藩20万石の城下町で、現在は岩手県の県庁所在地である。東北では仙台に次ぐ都会と言えるのではないか。
  盛岡は中心街だけなら歩いて回るにちょうどいいサイズ。あちこちに風情ある喫茶店があって、くたびれなくても寄りたくなる。いい喫茶店のある町はいい街だというのが持論の私としてはうれしくなる町でもある。
 中心は中津川だろうか。まことに清流で、秋から冬にかけて北上川の河口から200キロも遡上してきた鮭の産卵が見られる。これほどの都会で鮭がのぼってくるというのも珍しくはないか。
 中津川のほとりには盛岡城跡がある。石垣の美しいお城で、城に登ってみると、二の丸跡だっただろうか、啄木の歌碑があった。「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸われし 十五の心」と詠んでいる。ただ、かつてはここから盛岡市街や遠く岩手山までも眺望できたものだったが、今やビルに取り囲まれて見通しはなかった。

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(写真3=古い街並みが残る盛岡。これは鉈屋町界隈で、まるで京町家の風情だ)
 市街には城下町らしい古い街並みが点在しているが、鉈屋町界隈もその一つだろう。まるで京町家のような通りもあったし、その一角には、湧水を利用した共同の水場があった。口に含んでみるとまことに清水で、すがすがしさがいっぱいに広がった。
 また、近所には十六羅漢が祀られた公園があった。大きな石像で、公園を取り囲むように並んでいて、子どもたちが遊んでいた。また、ここには羅漢様16体のほか、五智如来という同じように石像の如来様5体もあった。

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(写真4=十六羅漢が並ぶ公園では子どもたちが遊ぶ姿が見られた)