ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

最近の技術産業の動向

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(写真1 講演する新妻秀規氏)
各国の宇宙開発をめぐって
 最近の技術産業の動向~各国の宇宙開発をめぐってと題する興味深い講演が国民工業振興会主催の特別講演会で先日行われた。
 講演したのは、参議院議員で、文部科学大臣政務官(兼内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官)の新妻秀規氏。
 新妻氏は、東大航空宇宙工学科から同大学院を経て川崎重工で航空機の構造設計を手がけ、参議院議員となってからも航空宇宙行政に携わってきたキャリアがあり、問題点がよく整理され、宇宙開発の現状を概観できる極めて専門性の高い講演となっていた。
 講演で新妻氏は、世界の宇宙産業規模で、日本は約3千億円と米、中、露に次ぐ第4にあるが、約4兆3600億円の一強アメリカを中国が激しく追い上げている構図にあるとし、宇宙開発は転換期にあり、人工衛星の技術は成熟し、コモディティー化していると指摘していた。
 アメリカでは、ニュー・スペースと呼ばれる新規参入企業の動向が注目されている。スペースXやアマゾンなどがあり、通信など従来型のサービスを大幅に低いコストで提供したり、小惑星からの鉱物採取といった新たな宇宙利用の開拓などを推進したりしている。
 折から、スペース・X社はこの講演の日の前日に、過去最大の打ち上げ能力を持つファルコン・ヘビーを火星に向けた軌道に乗せることに成功していて、高い関心を呼んでいた。特に再利用ロケットの着陸・回収実験が成功した意味は大きいと解説していた。
 一方、平和利用に制限されてきた日本の宇宙開発は、技術的に優れていてもコスト高であり、軌道上の実績が少ないところから国際競争力が身に付けられてこなかったと指摘していた。
 ただ、宇宙基本法の制定から、内閣に宇宙開発戦略本部が設置されたほか、民間の参入を促してきており、日本においても宇宙ベンチャー企業が勃興してきていると紹介していた。
 一方、宇宙デブリ(宇宙ゴミ)の回収や、宇宙開発に関する国際法のに整備など課題も多いと指摘していた。

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(写真2 講演会場の様子)

若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』

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(写真1 芥川賞決定前の発売だったので帯が芥川賞候補作となっている)
芥川賞受賞作
 表題の、おらおらでひとりいぐもは、私は私なりに一人で生きていくよ、というほどの意味か。訛りのかなり強い東北弁だが、この東北弁で語られる一人称に標準語の三人称が組み合わさって独特の見事な物語世界が描きだされている。
 桃子さんは、満二十四歳で故郷を飛び出し上京してかれこれ五十年になる。夫の周造には十五年前に突然先立たれた。息子と娘二人の子供とは疎遠になっているし、十六年一緒に住んだ老犬も身罷ってしまった。
 郊外の新興住宅地に一人住んでいる桃子さんが来し方を振り返るとまるでジャズのセッションのように際限なく内から外から重低音でせめぎあい重なり合ってくる。それも東北弁になっていて、まるで小腸の〝柔毛突起〟のようにゆらゆらと揺れているのだ。
 周造とは、働いている食堂で知り合った。連れの者との話で同郷と知れた。八角山のことを話題にすると周造も知っていると言う。東北弁が口を重くしていた桃子さんにとっては素直になれる人だった。
 「周造は桃子さんが都会で見つけたふるさとだった。故郷に取って代わるもの。美しさと純真さで余りあるもの。目の前でうっとり眺める美しい彫像だった」のである。
 また、「虔十だ。あの宝石のような物語の主人公が目の前にいる」とも表現していて、虔十とは宮澤賢治の童話の主人公のことだろうが、桃子さんの周造に対する愛の深さがわかる。
 東北弁で語られるリズムがいい。
 「この先、何如(なんじょ)なるべが」と不安が持ち上がるものの、「なりなりだぁ」と達観もする。「うんと良くもねが、さりとてうんと悪くもね」「たいていのことは思い通りにならなかったじゃないか」と振り返る。
 ばっちゃを懐かしみ、母ちゃんに想いをいたす。そして娘に対しては「おもさげながったぁ」と悔やむ。女は育てられたように子を育てるというほどの気持ちが込められていたのであろうか。その自分がやがて山姥となり大母となっていく。
 東北弁に救われている。深刻な話題も鹿爪らしくなく伝わってくるし、ユーモアになっている。
 そして、「老いると他人様を意識するしないにかかわらず、やっと素の自分が溢れ出るようになるらしい」と結ばれるとほっとした。
 老境を綴ってこの明るさ、したたかさは何だろうか。老妻にここまで慕われる夫は幸せ者だ。
 芥川賞受賞はいつでも大きな話題になる。著者自身が60代半ばという。老いて小説を習い書いて芥川賞を受章する。本書帯によると、歳をとるのも悪くないと思える小説のことを玄冬小説というらしいが、これからは青春小説ならぬ、このような小説が出てくるのであろうか。そういう意味では、新しい時代を描いていたとも言える。
(河出書房新社刊)

歌川国貞展

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(写真1 静雅堂文庫美術館。図書館はこの右手に別棟である)
静雅堂文庫美術館で
 歌川国貞展が静雅堂文庫美術館で開催されている。世田谷区所在。会場へは東急田園都市線二子玉川駅からバスで約10分。
 静嘉堂文庫は、三菱二代目岩崎彌之助、四代目小彌太父子二代によって設立された図書館で、和漢の古典籍の収蔵で知られる。展覧会は敷地内に付設されている別棟の美術館で開催されていた。

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(写真2 展覧会の開催案内チラシ)
 国貞(のちの三代目豊国)は、美人画と役者絵で知られるが、会場には大判錦絵が100点ほども展示されており、いかにも展覧豪華。
 すべて自前のコレクションのようだが、保存状態も良く色彩鮮やかなことが素晴らしい。江戸末期の風俗や市井がつぶさに描かれていて興味が尽きない。
 中には「双筆」とされるものがあって面白い。これは国貞が人物、広重が風景を描いたもので、それぞれの分野で当代随一であったものであろう二人の合作になるもので、興味深い。
 出品点数は少なかったが、大迫力は大首絵。特に「仁木弾正左衛門直則 五代目松本幸四郎 秋野亭錦升 後 錦紅」という作品が良かった。写楽とも違った魅力があった。
 また、美人画では、「当世六玉顔 高野の玉川」という作品の人物は、いかにも〝いい女〟だった。もっとも、こればかりは好き好きのことだが。
 なお、静雅堂文庫は20万冊ともいわれる膨大な古典籍を収蔵する図書館だが、感心するのは、『説文解字』や『康煕字典』などが良好な状態で保存されていることで、明治期、西欧文化摂取に奔走していた時代、じっくりと中国あるいは日本の古典籍を蒐集した慧眼は驚嘆に値する。私はかつてこれらの辞典をここで実際に見たことがあるのだが、不思議な感動を覚えたことを思い出した。
 また、美術品においても、世界に3点しかないといわれる国宝「曜変天目」など質の高いコレクションには目を見張らされる。

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(写真3 「仁木弾正左衛門直則 五代目松本幸四郎 秋野亭錦升 後 錦紅」=会場で販売されていた絵はがきから引用)

ユニークな大塚国際美術館

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(写真1 美術館外観)
すばらしいコンセプト
 大塚国際美術館は徳島県鳴門市所在。大塚製薬グループの財団の運営である。徳島からJR鳴門線で約30分、終点鳴門下車。駅前からバスで20分弱。このバスは徳島駅前始発で、徳島空港や鳴門駅を経由し美術館の前にぴったり停車する。
 美術館は、山の斜面に沿って山中をくりぬいてつくられているようで、正面玄関から入って長いエスカレーターを登り切ったところが地下3階で見学順路のスタート。ここから地下2階、地下1階、そして山上の1階2階へと展開している。大変大きな美術館で、延べ床面積が約3万平方メートもある。自前のコレクションを展示する美術館としては日本最大で、ここより大きいのは国立新美術館だけだが、そちらは貸し館専門で、いわば箱があるだけで、独自のコレクションは有しない。
 ここの美術館のユニークなことは、展示作品のすべてが陶板による複製画だということ。つまり、特殊な技術によって陶板に焼き付けたものだが、その複写の完成度がすばらしい。しかも、すべて原寸大である。
 見る前は、何だ、複製画の美術館かと侮りがちだが、実際に作品を目の前にすると、そのリアリティに驚嘆する。実物を見ているのと何ら遜色がないのである。
 もう一つすばらしく、かつ、すごいことは、展示されている作品数が何と1000点を超しているらしい。世界中の名画が集められていて圧巻である。また、教育的見地からも感心することは、作品が古代壁画から世界25カ国190もの美術館が所蔵する現代絵画までも集められているということだ。 
  居ながらにして世界の名画が見られるというわけだが、そのすべてを見て回るのは容易ではない。それほど作品数が多いのである。
 私はこの美術館を見たのはこのたびで3度目だが、初めて来たときは予定時間は1時間しか用意していなくて、ほんのさわりしか見られなかった。2度目のときには2時間の余裕をもってきたが、それでも半分も見られなかった。今回は3時間を用意し、見たいものをあらかじめ選ぶといった具合に作戦を練って駆け足で見て回った。
 しかし、これは私だけのことかもしれないが、これまで一度も目にしたことのない絵画をじっくりと見ればよいものを、ついかつて見たことのある、そこで感動したことのある作品の前に出るとつい足が止まるのである。かつての感動をなぞっているのかもしれないが、私は、世界で随分と数多くの美術館に足を運んでいるから、足の止まる回数も増えてしまった、これはこれで楽しい鑑賞ではあるが、なかなか難しいものである。
 そして、陶板絵画の鑑賞ということについて。いかに完成度の高い複製とは言え、やはり複製ではないか、当初はそのように感じていて、きちんと作品と対置する姿勢に弱かったように思う。それが、二度三度と通っているうちに、作品の存在感までもが感じられるようになってきたのである。
 展示は時代別になっている。印象派とか好みの分野をめがけて一直線に進むのもいいし、順路が大きく表示してあるからそれに従って行けば全体が見られる。ただ、その場合、鑑賞する時間に余裕が必要となる。

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(写真2 圧巻はシスティーナホール)
 いずれの場合でもスタートで必見なのは、システィーナホール。ヴァティカンのシスティーナ礼拝堂がそっくり再現されており、ミケランジェロの天井画や壁画が巨大な空間に迫っている。圧倒的感動である。これぞ陶板複製画の利点でもあるだろう。
 この先の進路は自由だが、私が必ず立ち寄るのが41室のレオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」。しかも、今回訪れたら修復前と修復後の2枚の作品が同室内背中合わせに展示してあった。修復後を見ると鮮やかな色彩がよみがえっていたが、いずれにしても修復前修復後2枚の「最後の晩餐」が見られるのは世界においてもここだけであろう。
 もう一つ、必ず足を運ぶのは89室。1階に位置するのだが、順路をたどっていただけでは見逃してしまいかねない場所で、ここではパブロ・ピカソの「ゲルニカ」が見られる。
 なお、屋外の57室には、モネの「大睡蓮」が展示してあったのだが、池が凍るほどの寒さだった。

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(写真3 修復前修復後2枚の「最後の晩餐」が展示してある。これは修復後)

「こんぴらさん」にお参り

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(写真1 本宮までは785段の急な階段をひたすら登らなければならない)
讃岐の金刀比羅宮
 先日の四国旅行では、こんぴらさんと呼ばれ親しまれている金刀比羅宮(ことひらぐう)にお参りした。高松市あるいは香川県にはたびたび訪れているのだが、こんぴらさんにお参りしたのは初めてだった。
 なぜ初めてか。苦手の階段が数百段もあるらしいこと。それも登りよりも、下りが太ももを痛めることがあって要注意なのである。また、往復に2時間ほども要するようで、余裕のある時間が必要だということ。そのほか何やかやとあってこれまで挑戦する機会を積極的にはつくらなかった。
 しかし、これから先、讃岐を訪れるチャンスはそうないであろうし、このたびの四国行では当初からこんぴらさんへの参詣を旅程の中心に入れていた。
 金刀比羅宮は、こんぴらさんと呼ばれて親しまれているが、江戸時代から庶民に人気の寺社で、生涯に一度は参拝をしてみたいということでは、性格は違うがある種伊勢神宮と双璧だったようだ。
 こんぴらさんへの最寄り駅は、JR土讃線の琴平駅とことでん(高松琴平鉄道)の琴電琴平駅。琴平駅は風格のある駅舎。登り口までは琴電琴平駅の前を通って約10数分。琴電からなら10分とかからない。琴電琴平駅もどっしりとした駅舎である。私は、往きはJR駅で降りて、帰途はことでん駅から乗ったが、どちらも人気の寺社の玄関口らしい立派な佇まいだった。
 いずれにしても、いかにも門前町といった賑やかな参道を通って登り口へ。途中の土産物屋で、お参りして帰ってくるまでの所要時間を尋ねたら、2時間もあれば十分だよとのこと。しかし、別の店で聞いたら、片道30分くらいという。
 まあ、時間は気にせず登りだした。しかし、1段目に足をかけて上を見ると、急な階段がまるでそそり立つように伸びている。やる気が萎えてくるようだったが、急がず、かといってだらだらともせず、一歩一歩、一段一段をイーブンペースで登っていった。
 何しろ、山上にある本宮まで階段が実に785段もある。標高にすると251メートルの山の上である。やはり心してかからなければならない。
 途中、大門という立派な門があって、ここまででかなり登ったつもりだったが、まだ半分ほどだとのこと。なるほど365段とある。しかもここからが境内だとのこと。決意も新たに登り続けた。
 そうするとリズムも出てきたようで、かえって足取りもしっかりしてきた。まあ、どうやら毎朝1時間のウォーキングの効果が出ているようだった。
 そうこうして立派な社が見えてきた。やれやれと思ったらこれがとんでもない勘違いで、ここは旭社といい、かつての金堂だということである。重要文化財に指定されているほどに細やかな彫刻が施されている。何でも、森の石松が参詣に来て、ここを本宮と取り違え、ここでお参りを済ませ帰ってしまったという逸話があるらしい。さもありなんというほどのお堂ではある。
 しかし、ここまで来ればもう628段、残りは少ない。そう思ったら、とんでもない、終わりがもっともきつかった。

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(写真2 金刀比羅宮の本宮)
 それでも、喘ぎながらたどり着くとついに本宮。貫禄のある佇まいである。登り切ったという達成感もある。ここまで時計を見ると、登り口から約30分である。意外にたやすかった。
 眼下には讃岐平野が一望にできた。境内をうろうろして下山にかかったが、階段は下る方が辛い。調子に乗ってドシンドシンと下っていくと太ももを痛める。このことは経験上知っていて慎重に下ったが、それでもやはり30分で、結局、往復1時間ちょっとというところだった。
 なお、本宮からさらに先には奥社があって、そこまでは1368段もあるという。つまり、本宮までの倍もあるわけで、私はさすがに引き返した。もっとも、奥社まで足を伸ばす人は滅多にいないそうである。

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(写真3 帰途、階段を降りながら眼下に見た讃岐平野)

松本電鉄上高地線

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(写真1 JR松本駅7番線に停車中の松本電鉄上高地線電車)
アルピコ交通の経営
 大糸線を終点松本で下車したら、同じホーム反対側7番線が上高地線だった。折角の機会だしこの路線にも乗ってみることに。
 ただ、この上高地線が所属する会社名が複雑。かつては松本電鉄だったものが、アルピコ交通の傘下に入った。だから、アルピコ交通上高地線というべきところだろうが、駅の表示も車内のアナウンスも松本電鉄上高地線の名称がそのまま使われている。まあ、結婚後も旧姓で通しているようなものか。
 そのことはともかく、上高地線はまことに小さな路線で、松本と新島々14.4キロを結ぶ。駅数は14である。
 1月29日。松本14時46分発新島々(しんしましま)行き。2両の電車、ワンマン運転。
 松本平を西に向かって走っている路線で、すぐ隣に沿っているわけではないがほぼ梓川と並行している。途中、渚駅ではホーム上に駐輪場が設置されていた。北新・松本大学前、新村と乗降があり、終点を待たず波田では大半の乗客が降りた。沿線中の大きな町なのであろう。

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(写真2 新島々駅。バスターミナルとしての存在の方が大きいようだった)
 波田から二つ目、大きな山峡に突き当たるようにして終着新島々に到着した。15時17分。小さな路線にしては不釣り合いなほどの立派な駅舎で、新島々バスターミナルを兼ねていた。この時期、上高地には入れないが、乗鞍岳へ向かう路線は運行中のようだった。数十台ものバスが駐車されていたから、夏のシーズンには大勢の観光客で賑わうのであろう。
 なお、駅前には梓川が流れているはずだがこの目では確認しなかった。初めてこの駅に降り立ったときには、川辺に立ってこの川が上高地から流れてきているのかと思うとある種の感慨があったことを思いだしていた。
 すぐに折り返し電車で松本へ戻ったが、松本も久しぶり、松本城を見学した。現存天守で国宝に指定されている五つのうちの一つで、まったくの平城だから全貌をとらえやすい。堀が張り巡らされ、5層6階建ての端正な佇まいが美しい。

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(写真3 松本城。国宝の現存天守である)

暖かな立春

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(写真1 大きく芽吹いてきた椿)
木々も芽吹く
 昨日4日は立春。寒い日が続いていたのにこの日だけはいかにも立春という陽気だった。例年ならば、暦の上では春とはいうものの、とニュースが読み上げられるところ、ニュースキャスターも決まり文句が遣えなくて困惑したのではないか。
 近所の公園では暖かさに誘われて、日曜日でもあったから大勢の家族連れで賑わっていた。とにかく暖かくて、少し早足で歩くと汗ばむほどだった。

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(写真2 梅はまだ小さい芽)
 この暖かさで目が覚めたのか、木々も芽吹き始めていた。椿や梅も芽吹いていたし、シデコブシも芽を大きく膨らませていた。いずれもあと一週間くらいで咲き始めるのではないか。特にシデコブシは白やピンクの花が艶やかで香りもいいから待ち遠しいほどだ。
 もっとも、この暖かさが続かないのでも早春の常だから、あまり早とちりをしない方がいいのだろう。

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(写真3 シデコブシの芽)